私からチラシを受け取った鏑木は、興味深そうにそれを読み始めた。「お肉の日…、魚の日…?」などという独り言も聞こえる。よしよし。チラシに気が逸れている今の内に「では私はこれで」と立ち去ろうとすると、鏑木がボソッと呟いた。「…さっき、お前のカバンの中に焼き菓子が見えた」 私はその場に固まった。「あれはピヴォワーヌの茶菓子だよな」「……」 別にサロンのお菓子を持って帰ってはいけないという規則はない。ないのだけれど…。後ろめたい。「吉祥院」「…鏑木様、ぜひお供させていただきますわ」 鏑木ピヴォワーヌ会長は、にやりと笑った。 憎い。己の食い意地が憎いっ!なぜ持って帰ってきてしまった、私!そしてなぜそれを鏑木に見られるようなヘマをした、私! 私はこの言いようもない敗北感をどうにか胸に納めると、気持ちを切り替え、鏑木を連れて行くスーパーについて考えた。やっぱり広尾や青山辺りの高級スーパーがまずは妥当かな。だけどあの辺の街は、私達を知っている人の目があちこちにありそうだからな~。「どうした?」「いえ、どこのお店に行こうかと…」 すると鏑木は私が渡したチラシの中から、「ここがいい」と1枚選んで見せてきた。それは“日替わり超特価!”“冷凍食品半額!”などの文字が踊る、およそ鏑木とは縁のない家計に優しい庶民派スーパーだった。「ちなみにどうしてこのお店を選ばれたのでしょう?」「数あるチラシの中で、ここが一番売ってやろうというやる気に満ち溢れているから」「なるほど」 このスーパーで、知り合いに絶対に見つかりそうもない遠く離れた店舗はどこかなぁ。あ~あ、面倒くさいなぁ…。「あ~あ…」「なんだよ」 思わず出てしまった心の声を、鏑木に聞き咎められてしまった。「いえ…。そういえば、よく私が手芸部にいることがわかりましたね」「あぁ、サロンに居たお前の友達に聞いた」「友達?」 う~んと考える。あ、もしかして芙由子様か?「さっきまで一緒にいたけど、吉祥院は部活に行ったと教えてくれたぞ。部活は手芸部で部室の場所もな」 芙由子様、余計なことを…。 でも芙由子様って、私が手芸部だって知っていたのね。同じグループだけど芙由子様は浮世離れして、あまり特定の子と仲良くしているのも見たことがなかったから、私を含め、あまりみんなに興味がないんだと思ってた。 そこでふと、さっきの名取さんの話を思い出した。芙由子様はピヴォワーヌのメンバーで、初等科からの内部生で、一応私達の最大派閥に所属しているしで、名取さんとは全く置かれた立場は違うけど…。 私に悩みごとがあるんじゃないかと、話しかけてきた芙由子様。一緒にヴィジャボードをしましょうと楽しそうに言ってきた芙由子様。 いつもグループの輪にはいるけど、自分からは話を振らず、おっとり微笑んでいるだけだから、そういう人なんだと思っていたけど、本当はもっとみんなと話したいと思っているのにタイミングが掴めないだけだったりしたりして。さっきも私と仲良くしたいと思って、頑張って話しかけてきてくれたのだったりして。私の勝手な想像だけど。 でもだとしたらさっきの私の逃げるような態度は冷たかったな。「どうした?」「いえ…」 明日、芙由子様に話しかけてみようかな。…オカルト以外の方向で。「おい吉祥院!時間がない。ほら早く行くぞ!」「は~い…」「なんだ、その気のない返事は!覇気を持て!」 まずはこの、目の前の問題を片付けないと。