マジでびっくりした。 三十一手組の後、ラズの三十二手目。「そんな歩兵ありかよ!?」と、大声で叫びそうになったが、情けなくも俺の口から咄嗟に出た声は「おぇえ!?」という汚い鳥の鳴き声のような音だった。 しかし、確かに、こんな《歩兵剣術》ができるのなら、この三十二手目は成立する。 実に素晴らしい! 実にワンダフォー! 俺の予想の斜め上を行くウルトラC級のテクニックだった。 じゃあ、新三十三手組で終わらせようか。「あっ」 今度はラズが情けない声を出す。 彼女が右上から振り下ろさんと準備している《飛車剣術》に対し、俺はそれに合わせるようにして左上から《銀将剣術》の準備を始めた。 剣が、平行に並ぶ。 さて、ここからがミソである。 剣と剣をぶつけてしまえば、衝突判定が出て、ノックバックの餌食。 しかし剣をぶつけなければ、衝突判定すら出ずに飛車をもろに喰らい、ダウンしてしまう。 では、どうすればいいか。 話は単純、衝突判定を出さずに防御すればいい。 そんなこと、ほとんど不可能だが、ある条件を満たせば可能となる。 それは……「ここで、こうだ」 相手のスキル発動の前後0.02秒以内の範囲において同系統スキルの発動タイミングを合わせ、剣を振る速度と方向もある程度合わせること。 メヴィオンのシステムを見ていればわかるが、攻撃同士の行く末は、空振るか、衝突するかの他に、相殺という形が存在する。この相殺、【魔術】だけでなく【弓術】にも【剣術】にも存在し、実は衝突判定が出ないのだ。 しかし、これがなかなか難しい。非常に難しい技術だが……俺は成功確率90%程度である。 ノックバック後の崩れた体勢で、90%だよ。 死ぬほど練習した。 いざという時、体が動いて損はない。だから対黒ファル・対レイピア・対大剣・対短剣などあらゆるパターンを想定して、何度も何度も剣を振った。 相手のスキル発動のタイミングを間合いと接近速度から予測し、時にはフェイントで発動を誘発し、スキル発動をビタッと合わせに行く練習を、いつか来るだろう今日この日この時のために何年も前から準備していたんだ。 ラズはこの相殺を見逃していたわけではないだろう。現に三十一手もの間ずっと相殺をされないよう互いに警戒しながら慎重かつ巧妙に手を進めていたのだから。 ただ、三十三手目の、この瞬間だけは、考慮から外していたことは間違いない。 理由は俺もよくわかる。常識だ。「ノックバック後に相殺を狙わない」というのは、常識。理由は単純、成功するわけがないから。「成功確率五割で超人」と言われている相殺を、体勢が崩れた状態で行うなど成功するはずもない。 ……と、誰しもが思う常識。そこにこそ活路があり、勝利を拾える一手を用意できる。 たとえ何年かかろうが、備えておくのが世界一位というもの。 新三十三手組。主導権は常に俺にある。正直言ってしまえば、レイピアを使っても使わなくても、黒ファルなんか怖くない。「あ、うっ!」 《飛車剣術》後の硬直時間と、《銀将剣術》後の硬直時間。当然、後者の方が短い。 ゆえにこの状況、俺はラズの心臓へと《銀将剣術》《桂馬剣術》複合を一発叩き込める。 急所攻撃。クリティカルが、出る。 俺とラズとのステータス差なら、これが……致命傷。 ああ、最高の時間が、終わってしまった。「――そこまで! 勝者、セカンド・ファーステスト一閃座!」 防衛成功。 夏季も、俺が一閃座だ。