「ーー誰よりも。何よりも。どんな時でも。マリアーベル、あなたを幸せにします」 穏やかで、自分でもあまり聞いたことのない声がふたりきりの空間に響く。 慌てたり急いだりする必要はない。いつものようにゆったりと落ち着いて、そしてほんの少しだけ眠そうでいれば良い。そうしたら多分、少女は安心してくれるから。「僕は人間族です。あなたにとっては短い半生しか一緒にいられません。ですがその後もずっと幸せに過ごせるくらい、僕はたくさんの愛を注ぎます」 ごく普通のサラリーマンからの告白に、薄紫色の瞳はゆっくりと見開かれてゆく。 その小さな彼女の手に、そっと指を重ねる。 彼女の表情から笑みは消えてゆき、ほんの少しだけこわばり、その小さな指で握り返してくる。いま伝えているこれは、僕からのプロポーズと気づいたのだ。「考えが合わなくて喧嘩できる日が楽しみです。仲直りをして、埋め合わせを考える時間が楽しみです」 少しだけ安心をした。言葉はすらすら口から出てくるし、どれもこれも僕の伝えたかった本心だ。もしかしたら本当に魔法がかかったのではと思うくらいに。 そっと反対側の手も握ると、マリアーベルの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。いつもの僕なら心配をするのに、このときはまるでダイヤモンドみたいに透明で、綺麗だなと見惚れるほどだった。 刺繍つきの襟へ大粒の涙は流れ落ちてゆく。 彼女の手を取り、それを眺めながら尚も囁きかけた。「一緒に本を選び、一緒に読書をするような日々がこれから待っているでしょう。それは今までと何ら変わらない暮らしだけれど、子供ができたりペットを飼ったり、日々は賑やかに移り変わって行くと思います」 彼女は泣き顔を隠さずに、薄紫色の瞳でじっと見つめてくれる。それがなぜか美しくて、可愛らしくて、やっぱりふたりきりの今夜だから言えるのだなと思う。「愛するあなたへ。いつでも、どんな時も、誰がいようと、僕はあなたを幸せにしようと企んでいます。ええ、眠そうに見えて実はそんな男なのです」 彼女の頬を指で拭く。肌は想像していたよりもずっと柔らかく、すべすべで、もうひとつの大粒の涙が指に乗った。「だからマリアーベル、あなたが目隠しをされ、手を引かれたら注意してください。きっとあなたを幸せにする贈り物が待っているでしょう」 涙に濡れた瞳は、紫水晶のように輝きを増す。それは言葉にできぬほど美しくて、きっと生涯忘れられないだろうと思えるものだった。 頭がジンと痺れるような感覚のなか、すうと僕は息を吸う。「騙されたと思い、この手を取ってみてください。いつだってあなたには真実しか告げていないのだと、分かってもらえると思います。マリアーベル、あなたと出会ったそのときから、僕は恋をしていたのです」 そう伝え終える前から、マリーは頭を肩に預けて泣いていた。寝巻に涙が染み込んで、そこからジンと熱を伝えてくる。 少女が顔を上向かせると、瞳にはいっぱいの涙が溜まっており、はらはらと頬を落ちてゆく。 そしてまぶたを閉じると、それは一斉に伝い落ちた。 もしかしたらこの日本でも、ちゃんと魔法がかかったのかもしれない。 半妖精エルフ族のマリアーベルは唇をわななかせ、しかし再び開かれた瞳には先ほどまで無かった輝きを秘めている。 マンションの一室にできた小さな秘密基地。毛布にあるふたつの頂点は狭められ、視界はさらに暗くなる。あっと思ったときには、柔らかくて温かな唇の感触を伝えてきた。きゅうと両手の指をにぎられながら。 ふうと熱っぽい息をひとつして、マリアーベルは尚も涙を零しながら僕の膝の上に座る。やはり羽のように軽く、たくさん泣いたせいで子供のような体温をしていた。「残酷で優しくて、でもやっぱりあなたらしい告白だったわ。大変、もうすぐ私は結婚をしてしまうのね」 そうだねと頷きかけて、僕はしばし凍りつく。いま彼女はなんと言った? まさかこんなに早く受け入れてくれたのか? だって人間とエルフ族の垣根もあるし、魔術師ギルドからも将来を期待されているので多くの反対があるはずだ。 なのにあっけなく受け入れられて「しばらく忙しくなりそう。おじいさまへのご挨拶と、私の両親にも伝えないといけないわ」などと耳元で呟いているのは……もしかしてただの冗談だと思われていたりしないかな……。「あら、素敵だったし、今は魔法がかかっているから本当のことでしょう? 私は良いなと感じたし、だから子供みたいに泣いてしまったし、明日はきっと目がたくさん腫れているわ」「う、ん、僕としては一世一代の告白のつもりだったのに」 まったくもう、言葉で伝えても分からないのかしらと言うように彼女は小首を傾げ、暑いのかしゅるりと襟元の紐を開く。 わずかに汗をかいた真っ白な鎖骨が見えても、なぜか僕は以前のように慌てたりしなかった。 どうして平気なんだろうと考えているうちに、よいしょとベッドをきしませて、もう少し彼女は僕の近くに腰かける。「知っていたかしら。実は私、日本で夜を過ごすのは初めてなの」「そうだった。ここはやはり夜景を楽しんでもらうべきかな」 馬鹿ねと少女から囁かれ、続いて僕の襟を引いてくる。彼女の背を抱いて支え、そしていつもよりずっと長く少女の唇の感触を味わう。ほんの少しの涙の味と共に。