メリサはエレナを指差しながら言う。 彼女の中では事情を聞けると確信していたのだろう。自分にはその権利があると言わんばかりな口調であり、むっとした表情は早く答えろと言っている。 故に、ゲオルは口を開く。「断る。見ず知らずの赤の他人にどうしてわざわざこちらのことを喋らなくてはいけないのだ?」 え? とメリサは虚をつかれた声を出した。 彼女にとってゲオルの言葉は予想外であり、ありえないものだったのだろう。 それを追撃するかのように、ゲオルは続ける。「先程の蠅もそうだが、貴様も中々存外に面白い勘違いをしているらしい」「……何その喋り方。気持ち悪いんだけど。っていうか、勘違いってどういうこと?」「そのままの意味だ。貴様の目の前にいるのは、貴様のよく知る人間ではない、ということだ。ただの人違い、というやつだな。今度から気をつけるがいい」 ゲオルの言葉にメリサは顔をしかめながら言う。「……何それ。まさか自分を追い出した腹いせ? やめてよね。あれはあんたが勝手に出て行ったことで……」「知らんものは知らん。この身体の前の持ち主が貴様とどういう関係だったのか、興味はないし、聞くつもりもない「それ、どういう―――」「そら、小娘。さっさと行くぞ」「え、でも……」「何をしている。早く宿に向かうぞ。色々と面倒な事に巻き込まれて、ワレは疲れたのだ。それにこの娘の傍にはいたくないとこの身体が訴えているのだからな」 エレナに言いながら、ゲオルは身を翻した。 最早彼にはメリサがどんな顔をしているのか、どんな表情をしているのか、わからないし、知りたいとも思わない。 ただ、彼は無性にここから立ち去りたかった。 でなければ、目の前の少女に何をしでかすか、分からなかったから。「ではな、名も知らぬ娘。もう会うことはないが、一応言っておく―――死にたくなければ二度とワレの前に現れるなよ」「ちょ、待っ―――」 メリサの言葉を無視し、ゲオルはそのまま歩き、去っていく。 ゲオルは人間性に欠ける男だが、それでも思うのだ。 昼間から、女を殴り飛ばしたくはない、と。