ああ見えて彼女は百歳を超えているので、誕生日というものをあまり知らない。エルフ族は長寿のせいか、誕生日どころか年齢さえも失念しやすいらしい。 だからこれを機に一大イベントとして認識してもらおう、という大きな野望が僕にはある。 あと何日と指折り数えるのは可愛らしいだろうからね。「わしらは誕生日などとっくに忘れておる。じゃからマリアーベルの祝いごとに便乗して楽しんでやろう」 そう傍らの女性は、にやりと笑みを見せる。もちろん歓迎するけれど、僕の誕生日があるってことも忘れてはいけないよ? えいえいおーと皆で腕を伸ばし、僕らのプロジェクトは始まったわけだ。 かららと引き戸を開けて、シャーリーが姿を現す。 クローゼットなどに置かれていた洋服を選んでもらったところ、裾広がりの黒ワンピ、そして太ももまでのストッキングという組み合わせに決まったらしい。 ほっそりとした腕を長袖に包み、どうですか?と恥ずかしげに小首を傾げられる。もちろんここで頷かない男性なんていない。「うん、よく似合っているね。シャーリーは上品だし髪が明るいから、服の印象もまるで――って、どうして戸を閉めるの!?」 それ以上聞けません……と言いたそうな表情で、すすすと洗面所の戸は閉められてしまった。あれぇ? 僕は知らなかったけど、シャーリーはうずくまり、ぱたぱたと頬を扇いでいたらしい。困ったような瞳は青空色で、振り返ると洗面所の鏡へ近づいてゆく。 髪と同色の眉はよく整えられ、長いまつげと共に瞬きをする。少し前の顔つきと、どこか異なると思うのは気のせいだろうか。 長いこと、仮面でこの顔を隠していた。 だからあれが無いと、ときどき困ってしまう。じっと見られると恥ずかしくて死にそうになるけれど……ほんの少しだけ見られたいとも思う。 そしてもう少し視線を下に向けると、いつの間にかご機嫌そうな形を唇はしていると気づき、もにょもにょと指先で揉むことになった。 自分でも気づかなかったけど、一緒に過ごせる日がとても楽しみらしい。 誕生日というのは驚くほど素敵な日かもしれない。そう思いながらシャーリーは身を翻し、先ほどの戸を静かに開く。 朝日の明るさに包まれ、北瀬へ詫びをしに行くときには、すっかり唇は元の形に戻っていた。