いつの間にやら外はとっぷりと暗く、僕ら2人と黒猫1匹はキッチンに立っていた。マリーはエプロンを着ており、ポッケについた猫のワッペンがまた可愛らしい。 換気扇が回るなか、しゃわしゃわと油は気泡を吹いていた。そこへ浮かんでいるのはきつね色をした美味しそうなとんかつだ。「わー……」 感心するような声は、僕の後ろから聞こえてくる。 跳ねる油に注意しているのだろうけれど、がしりとしがみつかれると暖かくて仕方ない。すこしだけ脇を開き、彼女にもちゃんと見れるようにしながら揚げてゆく。 ここ最近は料理の仕方を教えつつ、出来るものがあれば実際に作ってもらっている。「あ、あ、匂いがしてきたわ。ほんのり色づいてきて美味しそう」「揚げ物は温度と水分、あとは中まで火が通るよう気をつければ大丈夫かな」 前に彼女へカツ丼を食べてもらったことはあるが、こうして作るのは初めてか。豚肉は比較的安く、またレパートリーも多いので素晴らしい食材だ。 泡が細かくなるころには表面がカリっとし、そしてぷかりと浮いてくる。ふんわりと漂う匂いは確かに美味しそうだ。 振り向くとマリーはごくりと唾を飲み込むところだった。頭に乗せた三角巾が可愛らしく、ぽんぽんと触れてから料理箸を差し出す。「上げてごらん。揚がった感触が箸から伝わってくるから覚えておくようにね」「わ、分かったわ」 少しだけ緊張しつつも、言われたとおりとんかつを上げ、そして丁寧に油を切る。揚げ皿へ乗せると、こちらへぱあっと笑みを浮かべてきた。「やっぱりマリーは上手だね。頭が良いからかな?」「んふ、私は覚えるのが好きなの。料理の場合はなんでも好き。すごく優しい匂いがするから」 実際、向こうの世界で自炊慣れしていたこともあるせいか、彼女は料理がうまい。箸の扱いにも慣れると、元からある「人より優れた嗅覚」によりメキメキ腕を上げているのを互いに感じていた。 そして勉強などと異なるのは、上達するほど味を楽しめるということか。 さて、ざくざくと手早くとんかつを刻み、そのひとかけらを味見用として食すことにしよう。すこしだけ冷ますと指に持ち、少女へ差し出せば「あーん」と形の良い唇を開いてくれる。 じゃくり、じゃく……。 パン粉の風味、そしてふっくら柔らかに揚がった肉が千切れてゆき、旨味を含んだ良質な油が口内へ溢れてゆく。焼いた豚肉は甘く、そして心地ちよい歯ごたえのおかげで少女の瞳はきらりとした輝きを生んだ。