マリーもこの景色を気に入ったのかもしれない。手にしたお盆を床に置くと、渡り廊下の縁に腰かける。振り向くと僕の袖を引き、少しゆっくりしましょうと誘いかけてくる。 古風な浴衣から覗く素足はまぶしくて、隣に腰かけると板張りの床でお尻がひんやりとした。「不思議、なぜか贅沢だと感じるわ。日本よりずっと物が少なくて、石鹸さえなかなか手に入らないのに」「うん、昔はずっと物が少なかったからね。そのぶん原始的で懐かしくも思うけど、この第二階層はかなり恵まれた環境だと思うよ」 ぶらぶらと素足を揺らしながら隣を見ると、大きくて宝石みたいな瞳から見つめられており不意に胸が高鳴る。人形のように精巧で、妖精のように愛くるしい子だ。近くで見るだけでダメージを受けかねない。 風に乗り、ここまで客人らの笑い声が聞こえてくる。それもどこか夜祭のような情緒を感じて、さわさわと心が浮き立つ。 風でほつれた横髪を少女は指ですくうと薄紫色の瞳を細めた。「私、冬は嫌い。眠るとき指先が冷たくて眠れないもの。食事も質素でしょう? でも、今年の冬を越したら、そんな私の意見がひっくり返ってしまいそうで楽しみかしら」「おや、ではご期待に応えないといけないね。前にマリーが言っていたように、今年の冬は忙しくなると思うし」 そう言って笑いかけると、少女は照れることもなく唇に笑みを浮かべる。エルフ族と人間族の結婚というのは珍しい部類だろうし、それが幻想世界の住人と日本の成人男性ともなればさらに希少だ。 だけど当人たちはというと、あっけらかんとしているのだから面白い。端からそうなるのが当たり前だと思っていて、月明かりに照らされた少女の瞳が楽しみだと言うようにきらめく。