しわがれた声に振り向くと、バケツを持ち作業服を着たおじいさんが立っていた。やや小柄ながらも腰はしっかりとしており、笑みを浮かべると皺くちゃな顔つきへと変わる。「おひさしぶりです、おじいさん」「うん、よく来たねえ。おわっと!」 がらんとバケツを転がしてしまったのは、脇からひょいと顔を覗かせたマリーを見てのものだろう。がら、がら、と転がるバケツを押さえ、おじいさんは瞳を丸くさせて少女へ瞬きを繰り返す。「はじめまして、マリアーベルといいます。忙しいときにお邪魔をしてすみません」 少しだけ緊張しつつ、ぺこりとマリーは頭を下げた。礼儀ただしい挨拶、そしてだいぶ流暢な日本語のおかげで、みるみるおじいさんの肩の力は抜けてゆく。ほおっと安堵の息を漏らす様子に、つい笑ってしまう。「ああ、こんにちわ。よくこんな遠いところまで来たね。するとマリアーベルちゃんが一廣の一緒に連れてきたいと言っていた子かな」「そうなんです、田舎暮らしを見せてあげたくて。せっかくの休みですからお世話になろうと……」 そこまで言ったとき、見た目によらず大きな力でバンバンと肩を叩かれた。「ふはは、お前のほうが硬くなってどうする。社会人になったんだから、もっと大きな態度をしていると思っていたのに。コラ、花子、お客さんを舐めるな」 びくりと少女が振り返ると、牛の花子は調子にのってマリーの顔を舐めようとしていたらしい。ひゃあ!と飛びのく様子に、久しぶりにおじいさんと笑ってしまった。 それから皆で民家へと歩きはじめる。あたりには鶏がうろついており、それをかわしながら少女は尋ねた。「花子なんて可愛い名前ですね。花ちゃんと呼んでも良いですか?」「あれ、黒猫も一緒かい。ふうん、どこかで付いて来たのかねえ。うん、花ちゃんでも何でも好きに呼ぶといい」 玄関先へバケツをがらんと置き、それから立て付けの悪い戸をあける。 と、靴を脱ぎながらおじいさんは独り言のように呟いた。「いや、綿毛のように綺麗な子で驚いた。とうとう一廣が夢の世界から妖精でも連れてきたのかと思ったよ」