そういうわけで、僕らの乗る車は賑やかに錦糸町駅を通り過ぎ、街道をまっすぐ進む。平日の昼前という時間帯のせいかトラックが多く、途中のコンビニで買った飲物やアイスなどを食べていると、江戸川の堤防が見えてくる。 マリーから、あーんと差し出されたソフトクリームを食べてみると……うん、やっぱり味はしないね。まあ、代わりに憑依しているシャーリーが味覚を楽しめているのだから良しとしよう。 それと胸の奥から「信じられないくらい美味しい」という感動が伝わってくるので、僕としても楽しめるようだ。 どうやら感情が高ぶるとつい外に出てしまうらしく、ぶるると両手をわななかせ「んんーーっ!」と口を引き結ぶ。その子供のような仕草に、2人は明るく笑った。「シャーリー、これは牛のお乳から出来ているのよ。砂糖を入れて冷やすと出来上がるの。それと彼のおじいさまは牛を飼っているわ」 どうやら日本通になりつつあるマリーは、誇らしげに彼女へと教えてくれる。もちろんアイスは西洋から伝わったものだけどね。 へええ、と尊敬する目で見られたけれど……いやいや、僕は何もしていないから。というよりも「アイスクリーム凄い」「牛の乳すごい」「飼ってるおじいさん偉い」「カズヒホすげえ」って繋がっているのかい? うん、その構図だと完全におじいさんの方が格上だね。「でもシャーリーの森にも動物はいるよね。ならお乳もいただけるんじゃないかな?」「ふうむ、あそこの森は汚染されておらぬからな。味も楽しめるやもしれぬが、まだ殺生を避けるようにのう」 その何気ないウリドラの言葉に、ぱちくりと僕らは目を見開く。マリーも助手席から振り返り、友人であり師である彼女へと問いかける。「え、汚染って何のことかしら?」「適切な日本語が無いのでそう言うたが、造語で良いならば魔素決壊と表現するのう。かつて構築されていた古代の魔世界は砕かれ、その残滓が世界を覆っておる。ほれ、耐え切れぬほど臭い肉を食うたであろう」 思わぬ形で古代世界を紐解かれ、僕らは唖然とさせられた。 あの世界を堪能したい僕にとって、そして世界の理を知りたがっているマリーにとって、非常に興味深い物語だ。 ぱちりと瞬きをするマリーと目を合わせ、それから魔導竜へと問いかける。「できれば教えてくれないかな、ウリドラ。あの世界は一体……」「ふうむ、すぐに教えても構わぬが、それはあの古代迷宮にも残されておる。古文を調べ、おぬしらの目で確かめたほうが楽しめるじゃろう」 ああ、そう言われると僕らは弱いね。 謎の眠る古代迷宮。それを踏破したとき、古代の秘密を僕らは知ることが出来る。あの世界で誰も知らない物語を、僕らは紐解くことが許されるのだ。 あの水の匂いのするオアシスのずっと地下、魔石の眠る古代迷宮はなぜ生まれたのか。そして今、なぜ門を開いて活動を始めたのか。 初めて扉を開いたあの日、確かに古代の息吹を感じた。その先を、古代の物語を僕らは知りたくて堪らない。魔の時代、夜の時代、そこで一体なにがあったのだろう。 ただひとつ気がかりなのは、僕はどうやってトイレに行けば良いのか、という事だね。