秋の森、朝は冷え込みがきつくなってきた。 魔物討伐部隊の遠征先、そのテントの中で、ヴォルフは赤鎧を装備し、荷物を確認していた。 昨日の移動中、ずっと小雨が続いた為、馬はいつもより疲れているはずだ。 だが、今朝は妙に機嫌のいい嘶きが聞こえる。 遠征用コンロのおかげで、自分達は冷える朝、温かな食事をとれるようになった。 馬も少しは改善してやるべきだろうと、今回はリンゴと梨が多めに与えられている。 馬は甘い物が好きなので、とても喜んでいるようだ。 テントから出ると、後輩のカークが不思議そうな目を向けてきた。「ヴォルフ先輩、その短剣は予備装備ですか? なんか二本紐でつながってますけど」 「ああ、外で試せたらいいと思って持ってきたんだ。短剣を二本投げて、つないだワイヤーで斬る」「変わった武器ですね。スカルファロット家のものですか?」「まあ、そんなところ……」 自分がダリヤからもらった形なので、ある意味、スカルファロットのものとも言える。 それでもカークにごまかしているようで、わずかに罪悪感があった。「ヴォルフ、こんな細いワイヤーで何を切るんだよ。チーズか葉っぱくらいか?」「待った、ドリノ! 指が切れる! これ、ミスリル線!」 カークの隣、ワイヤーに指をひっかけて引っぱりかけたドリノを、あわてて止める。彼はそのままで固まった。「作った奴おかしい! 短剣で斬らないわ、ミスリル線つないでこっちで切ろうとするとか、何考えてんだよ?!」 短剣を作ったのはダリヤで、短剣二本をつないでくれるよう頼んだのは自分である。 速度が出て、切れ味はよく、魔物討伐に役立つかもしれない。 何ひとつおかしくはない。「そこは革新的な開発と言ってほしい」「確かに、斬新な発想だな……」 ランドルフがドリノの後ろ、赤茶の目を細めて短剣を見ている。「中型の魔物であれば、足止めになるかもしれん」「ホントに使えんのかよ?」「ああ、ちゃんと使える」 ドリノの疑いのまなざしに応え、ヴォルフは近くの木の前、地面に枯れ枝を数本立てた。 両手で同時に短剣を投げると、鋭い風切り音の後、木につき刺さる音が甲高く響き、枯れ枝はばらばらと辺りに散った。 こっそり練習した甲斐あって、狙い通りの動きである。「凄いです、ヴォルフ先輩!」 カークが驚きの声を上げた。「ありがとう、カーク。でも凄いのはこの短剣だから」「短剣が凄いのか、それとも、そのミスリル線が凄いのか……」「おい、待て、ヴォルフ。それ、ただの短剣じゃないだろ。どう見ても勢いが……あ! それ魔剣か?」「ああ。風魔法が付いてて、速度が上がってる。『疾風の魔剣』って呼んでる」「……お前も、家にわがままを言えるようになったんだな」 何故かドリノがほろりとしている。兄か父にねだったと思われたらしい。 実際に願ったのはダリヤにである。だが、言うのは避けた。「ヴォルフ先輩、グラート隊長と同じで、スカルファロット家専用の短剣ですか?」「いや、専用じゃない。血統付与もしていないよ」 短剣自体は、武器屋のお買い得品、点数割引付である。 強く投げること自体がスイッチになっているので、紅血設定もしていない。 本当は自分専用に紅血設定をしたいとも少し思ってしまったが。「あの、ヴォルフ先輩……失礼でなかったら、一度投げさせてもらえませんか? 風魔法との相性が合うか知りたいので」 おずおずとカークが尋ねてきた。 一拍迷ったが、風魔法の使い手であるカークであれば、相性はいいかもしれない。 こればかりは魔法の使えぬヴォルフでは試せない。「ああ、かまわない。触る前にこの手袋を。ミスリル線だから、間違うと指が落ちる」「凄く切れ味がよさそうですから、気を付けます」