夢の世界で長く過ごせば、そのぶんたっぷり眠った清々しい目覚めが日本で待っている。 疲れ果てていた身体は新品同様に生まれ変わり、そして布団をどけて黒髪の美女が眠たげな素顔を見せた。 くあり……。 すぐ目の前で唇を開き、そのように心地よさそうな欠伸をされる。 美しい顔立ちへ見とれ、のそりと裸体を起こす様子に慌てて瞳を閉じた。遅れてマリーの手が瞳を覆うと、視界はまたも暗闇へ戻る。「ふぁ……、やはり、こちらの目覚めはたまらぬのうー……。んんーーっ」「ウリドラ、そんな格好で伸びをしないでちょうだい。あといい加減、パジャマを着たらどうかしら」「ふ、ふ、寝るときは嫌じゃあ。締め付けられた状態では快眠できぬからのう」 などという2人の会話だけが耳に響く。 やはりウリドラが来ると賑やかだと思える。マリーも言葉使いこそ怒っているようだけど、どことなく声色は明るく感じられた。「分かった分かった。ほれ、この服で良かろう。おー、日本じゃあ。だいぶ晴れておるのう」 どうやら長く降り注いだ雨はあがってくれたらしい。手をどかされると同時にカーテンはじゃっと開かれ、すがすがしい朝の光に部屋は包まれた。 カチチチ……。 ぼっとコンロに火をつけて、手鍋の水を温める。そのあいだ2人はベッドへ腰掛け、ぼんやりと朝の天気予報を眺めていた。手近の茶葉を手に取り朝の用意をしていると、ベッドルームから少女の嬉しげな声が響く「明日も晴れるってーー」 ふむ、明日はゴールデンウィーク初日であり、また彼女と新幹線へ乗ることになるので良かった。できれば東北までの景色を楽しんで欲しいからね。 などと思いながら振り返ると、ウリドラは鼻歌混じりでなにやら作っている。いや、ここからではよく見えないけれど編み物をしているとでも言えば良いのか。「ふむん、内緒じゃぞー」「え、まだ何も言ってないのに……。それで何を作っているの?」 にこりとした笑みだけを返されるが、その純粋な笑顔には嫌な予感しかしない。まあウリドラがその気になれば大抵のことは出来るだろうし、とやかく考えても仕方ないか。一般市民である僕は、諦めて朝食でも作っていましょうかね。「カズヒホは平日はお仕事に行くの。だから昼間のあいだ私たちはお留守番よ」「ふうむ、あれでも真面目に働いておるのか。夢の中では遊んでばかりに見えるがのう」 そうかなあ、夢の世界でも働いている気がするけれど。ま、会社とは違って「喜んで」だけど。 などという会話を背に「そうだ、アレを作ってみようか」などと考えながら冷蔵庫を開ける。朝にしてはカロリーが高いけれど、あれほど激しい戦いをした後だしね。「私は大抵ここで勉強しているけれどウリドラは退屈でしょう。どこかへ2人で出かけても良いのよ」「ああ、ウリドラが一緒なら安心……でも無いか。変な事件とか起こさないでね」「たわけ、わしのことよりも仕事中に居眠りせぬよう気をつけよ。……そうじゃな、のんびり散歩でもしてみたいと思うておったところじゃ」 うん、変な人に絡まれないか心配かな……その人の身の安全とかがね。 とはいえ日中にマリーを1人きりにさせてしまうのは密かに心配なところがあった。しかし彼女が一緒にいてくれるとだいぶ安心できる。2人はどこか姉妹のように仲が良いと思えるからね。 卵黄をボールへ入れ、湯煎をしながらかき混ぜてゆく。 初めて作る料理というのはときめくのと同時に、失敗したら目も当てられないという緊張感もある。もったりとした感触になったところで引き上げ、今度は溶かしたバターを混ぜてゆく。「ならお奨めの小道があるの。わたしの秘密のお散歩コースには、とても可愛い子が待っているのよ」