102/111第三章101話 第三形態と目覚める力『グロロロロロロロ……ッッ!?』 オルトロスが何が起きたのかわからないといった様子で、唸り声を漏らす。その双眸は眩しそうに細められている。「ぐっ……何だ、この光は!?」「わ、わかりません! タマの体が急に光り出して……」 オルトロスがアリアに牙を向けた瞬間――タマは「にゃ〜んっっ!」と可愛らしい鳴き声を上げた。そして次の瞬間、彼の体から眩いばかりの白銀の輝きが迸ったのだ。 輝きは次第に収束し、一つの巨大な白い影を形成する。そして……。 弩轟ォォォォォ――――ッッッッ! 影は高らかに咆哮を放った。「ま、まさか……聖獣……なのか……?」 その姿を見て、戦うことすら忘れてジュリウス皇子が言葉を漏らした。ステラやヴァルカン、そしてオルトロスにサイクロプスも目を見開き驚愕を露わにしている。 そう……突如として現れた影は――純白の毛並みに白銀の鎧を纏い、背中から大天使を思わせる翼の生えた獅子だった。 そしてその姿は、少し前にアリアたちが見た、帝都の屋敷の中に飾られた絵画に初代勇者とともに描かれた聖獣そのものなのだ。 誰もが突如として現れた聖獣に目を奪われる中、アリアが「まさか……まさか、その優しい金の瞳――あなた……タマなのですか……?」と、静かに言葉を漏らす。 グルッ……―― 聖獣はアリアの瞳を見つめながら、静かに……しかしはっきりと頷いてみせた。 オルトロス、それにサイクロプスという強敵を前に、タマはアリアたちの前でベヒーモス第三形態へと進化することを選択したのだ。(ベヒーモスとバレてしまうことを覚悟の上での進化だったのだが……どうやら皆は他の何かと勘違いしているようだな? ――いかん、そんな場合ではないな。まずは目の前の敵を倒さねば……!) 自分の姿を正確に認識していないタマは、アリアたちの反応を不思議に思うも、すぐに雑念を振り払い目の前の敵に集中する。 ギン――ッ! 鋭い……それでいて神聖さを感じさせる瞳でオルトロスを睨みつける。『グロロロロロロロ――ッッ!?』 震えた声を漏らすオルトロス。声だけではない、体までもが僅かに震えている。進化を遂げたタマのプレッシャーに恐怖を感じているのだ。 ――いくぞ! 《フレイムハウリング》――ッッ! オルトロス目掛け、タマが巨大な顎門を開く。その刹那、高圧縮された白銀の熱線がオルトロスを襲った。 アリアが「すごいです! あれだけ頑丈だったオルトロスの体が燃え上がっていきます……!」と興奮した声を上げ、ジュリウス皇子は「ああ! それにこの波動……神聖属性なのか……!?」とアリアに応えるとともに、疑問の声を漏らす。 聖獣は勇者とともに神聖属性のスキルを使いこなし、数々の魔王を倒したという逸話が残っている。 聖獣とベヒーモス第三形態――もしもこれらが姿だけでなく在り方まで同一であったのであれば、今タマが放ったスキルは間違いなく神聖属性なのであろう。『コノママデハ……コウナレバ――!』 為す術もなく焼き尽くされるようとしているオルトロスを目の当たりにして、サイクロプスが動き出す。 そして静かに……『《サクリファイスランス》……!』とスキルの名を口にする。次の瞬間、サイクロプスの体の至る所から鮮血が噴き出した。それに呼応するように、サイクロプスの頭上に巨大な禍々しい形のランスが形成される。《サイクリファイスランス》――……術者の生命力と引き換えに、対象一体を確実に葬る効果を持つ超級スキルだ。そして……《サクリファイスランス》の切っ先はタマへと向いている。 ――あのスキル……喰らったら終わりだな……。だが、あの様子ではサイクロプスはもう戦えんだろう。このままオルトロスを焼き尽くす。命に代えてでもご主人たちを守り抜く……! 守り抜くと決めたエルフの少女のため、そして仲間達のため、タマは決心し、目の前のオルトロスを完全に倒しきることを決める。 手負いの敵ほど恐ろしいものはない。サイクロプスのスキルを避けるために、オルトロスへの攻撃をやめてしまった瞬間、アリアやジュリウス皇子に襲いかからないとも限らないからだ。「そんなことさせ――「やらせるかなのだッッ!」 そんなことはさせません! アリアがそう叫び、身代わりになるようにタマの前に出ようとしたその瞬間だった。彼女の体を突き飛ばし、ステラがカラドボルグを構えてタマの盾になるべく立ち塞がった。(ステラちゃんが、わたしの身代わりに……あんな攻撃を受けたら、アーティファクトを持っていても……) 自分を守るために、タンクとしての役目を果たそうと身代わりになるようなマネをしたステラ。そんな彼女がアリアに向かって笑みを浮かべる。そして……。「タマのこと、頼んだのだ」 そんな一言を呟いた。ステラは理解しているのだ。この攻撃を受ければ自分が助からないということを……。 タマを、ステラを、仲間を……大切なものを失ってなるものか――――ッッ! 刹那……アリアの中で、あらゆる激情が爆発した。そしてそれと同時に気づけば彼女は叫び声を上げていた。 彼女の叫び、それは感情の爆発によってこの土壇場で生まれた新たな〝力〟だった。激情に駆られたアリアは、無意識にそれを放ったのだ。 新たな力、その名も……――「エクス……キャリバァァァァァァァァ――――ッッ!」 ――叫びとともにアリアはテンペストブリンガーを振り抜いた。その刃から、白銀の閃光が迸る。閃光は奔流となり、今まさに放たれようとしていた《サクリファイスランス》ごと、サイクロプスを飲み込み……消失させた。それと時同じくして、タマの方もオルトロスを完全に撃破することに成功する。 少しの沈黙の後、ジュリウス皇子が「やった……のか……?」と静かに言葉を漏らす。 それを皮切りにヴァルカンが「すごいにゃん! タマちゃんもアリアちゃんも、あんなに強力な敵を一撃にゃん!」と、ステラが「何だったのだアレは!? アリアが叫び声を上げたと思ったら光が敵を消しちゃったのだ!」と興奮した様子で声をかけてくる。 リリとフェリも「すごいわ! さすがアリアね!」「タマちゃんもすごかったのです〜!」と、アリアたちの周りを駆け回り始めた。(ふむ、何とか乗り切ることができたな……む? 体の中のマナが暴れ出すこの感覚――もしや……) 敵を倒して一安心といった様子で、タマがほっと息を吐こうとした瞬間だった。前にも感じたことのある感覚がタマの中を駆け巡る。「タマの体がまた光出したのだ!」 ステラが言う通り、タマの体が再び白銀の輝きに包まれ始めた。ヴァルカンが「今度は何が起こるにゃん!?」と声を上げ、アリアは「タマ……!」と心配そうに言葉を漏らす。 やがて輝きは収まるとそこには……。「にゃ〜〜〜〜ん!」 と可愛らしい鳴き声とともに、いつもの子猫の姿のタマがいた。どうやら前回と同様に何らかの理由で進化が解除されたようだ。「タマ…………っ!」 タマの声を聞いた瞬間、アリアはその場を飛び出し彼の体を抱き上げた。そして「タマ……タマ……!」と彼の体を胸の中で強く抱きしめる。そしてそのままステラの元に駆け寄ると、一緒に彼女のことも抱きしめるのだ。 ステラは「な、何なのだ? どうしたのだ、アリア!?」と困惑の声を漏らし、タマは二人の胸の間でおしくらまんじゅう状態になったことで「にゃ〜〜!?」と、こちらも困惑した声を漏らす。 そんな二人をよそにアリアは声を上げて泣き始めてしまう。タマを、ステラを失うかもしれなかった……。その事実を考えれば、優しいアリアがこうなってしまって当然かもしれない。「な、泣くななのだ……我はこうしてピンピンしているのだ!」「にゃ〜ん!」 ステラにしては珍しく、アリアの頭を撫でてやりながら彼女を慰め、タマもアリアの頬に自分の頭をスリスリすることで元気付けてやるのだった。「どうやら片付いたようですね、殿下」 アリアたちのやり取りを優しい笑みを浮かべながら見守るジュリウス皇子に、ダニーが近づきながら言葉をかけてくる。 それに笑って応じながら「お前たち……そっちも無事に終わったようだな」とジュリウス皇子が返す。 ダニーに続いてハワードが「ゲヒャヒャヒャヒャ! 久しぶりに本気を出したのである!」と豪快に笑い、ケニーとマリエッタが「さすがに少しヤバかったですけどね」「ですぅ」と疲れた様子で言葉を漏らす。 皆、装備に損傷は見られるものの、命に別状はないようだ。「よし、帰るとするぞ。都市に帰ったらまずは宴だ!」 ジュリウス皇子の号令に、皆は元気な声で応えると、この都市を救った英雄として凱旋するのだった――