「いってらっしゃい、きをつけてなー」「はーーい」 タオルと着替えを入れた袋を持ち、僕らも大きく手を振った。 これから近所の温泉へと僕らは遊びに行くのだ。 田舎で過ごす連休というのはやはり良いね。こうして遊びに行くだけなのに、仕事のことを忘れられるのが大きい。「あら、あなたはいつも夢の世界で仕事のことを忘れているかと思っていたわ」「そういう目で見ていたのかな。もちろん僕は夢の世界へ仕事を持ち込まないタイプだよ」 やっぱり忘れてるじゃん!という突っ込みのように黒猫は「にう」と鳴いた。 どうやら朝の挨拶をする相手はもう一人いるらしい。木の柵ごしにやってきたのは、白と茶色の混じった子牛だ。「あ、花ちゃんーーっ」 ぴこぴこと耳を揺らし、黒く澄んだ瞳を向けてくる。 少女よりずっと大きいけれど、可愛らしいぱちりとした瞳は子供のものだ。彼はできたての角を見せびらかすよう柵のあいだから近づけ、マリーはごしごしと周囲を撫でた。 ぶふふっ、という息は笑い声のようで、たまらなそうに耳をパタパタとさせている。「かーわいいーーっ。あなたはとても素直で優しい子なのね。一緒に温泉に入れれば良かったのに」「そのぶん撫でてあげれば喜ぶよ。子牛はね、耳や首の後ろが弱いんだ」 一緒になってゴシゴシしていると、やがて花ちゃんはたまらなそうな顔をする。とろんとした瞳、緩慢にのそのそ動く舌、そしてこすりつけたいのか頭を斜めにしてしまう。「にゃああっ、やんっ、やんっ、かわいいーっ」