彼の両肩をつかんで懺悔したが、ミシェルは気づかなかったようできょとんとしている。そこに空気を読まずテオが頰を上気させて割り込んだ。 「ってことは、またアニキの華麗なる木登りの妙技が見られるんすね!」 「いやー、高い木じゃないから、技は見せられないよ」 「なんだよ技って。何を照れてるんだよ」 この二人は──いや加えて他の舎弟たちもだが、普段どんな交流をしているのか。呆れてアレックスは眺めていたが、はたと鋭い視線に気づいて振り向いた。 (この熱い眼差し……もしかして……!?) 厨房との境にある窓口で、他の者のぶんも食器を片付けながらこちらを見ている男がいる。──案の定ロジオンだ。 ミシェルとテオが話しながら出ていくのを目で追った彼は、片付けを強引に切り上げると足早に食堂を出ていった。 (つけていく気だな……。まさか、何かしでかすんじゃないだろうな) 二人が話していたのが気に入らないのだろうか? 心配になったアレックスは急いで彼らの後を追った。 菜園の隣にある果樹園には、すでに大勢の人間が集まっていた。ミシェルの行く先にはテオもついていくし、テオの行く先には彼の用心棒がついていくのだから、この大人数も今となっては別段珍しくない。 そして、物陰を探せばやはりロジオンがいる。 (うわぁ……なんて険しい顔で見てるんだよ……) ミシェルを気に入っているようなのはわかったが、他の者と会話するくらい大目に見てもいいだろうに。 そんなアレックスの呆れる思いとロジオンの視線にはまったく気づかず、ミシェルはカゴを背負い、裸足になって枝に手をかけた。幹も枝もしっかりとした大きな木で、やや横長に枝が伸びている。外側の実は収穫済みらしく、手の届かない場所にばかり生っていた。 「あー……ちょっと登りにくいな。足場になるものを持ってくればよかった」 「あっ、じゃあオレ手伝います!」 兄貴分のつぶやきを聞きつけたテオが、返事を聞くより先にミシェルの腰に手をかける。 「そのまま弾みをつけて登ってください。せぇのっ!」 枝にぶらさがって半分浮いていたミシェルの尻を、テオが思いきり押し上げる。途端、その場に絶叫が響いた。 「ぎゃ──!? どこ触ってんのーっ!」 「げふぅ!」 「坊ちゃんんん──!」 後ろ蹴りに足蹴りが決まり、テオはのけぞって尻餅をついた。周囲にいた用心棒らが慌てて駆け寄る。 「あ……アニキ?」 ぽかんとして見上げるテオに、ミシェルは顔を赤くして叫んだ。 「断りもなくそんなとこ触るな!」 「すっ、すいませんっ!」 不興を買ったと気づいてテオががばっと勢いよく土下座する。焦った顔で頭を上げたが、その鼻先をかすめ、シュッと風を切って何かが通り過ぎた。 「…………?」 「もういいから、リンゴ取ったらカゴを渡すから、それまで大人しくしてて!」 「あっ、ハイ!」 一瞬怪訝な顔をしたテオだが、兄貴分の指示に気を取られて、飛んできた物体の件についてはすぐ忘れてしまったようだ。そのまま彼らは、ミシェルがリンゴを収穫し終えるや撤収していった。 一人残ったアレックスは、おそるおそる木のあるほうへ近づいた。 (さっきのあれって、ロジオンのいた方角から飛んできたよな。それも明らかに不良めがけて……) ロジオンが消えているのを確認し、近くの木の幹に突き刺さっていたそれをおっかなびっくり引き抜いてみる。薄い金属製のそれは、先端の尖った角がついた、何やら車輪のようにも見える珍しい武器だった。 (……待てよ。これ、どこかで見たことあるぞ)