思いの外に馬車の旅は順調だった。 というか順調すぎる。 まったくもって誰にも襲われる気配がない。 この前襲われたのって幻なんじゃない? ってぐらい順調で、それなのに私がワアワア騒いで護衛を求めてる女みたいな目でみられてるんじゃないかってそんな被害妄想が捗っております。 まあ、何もないのが一番ではあるんですけどね。 アランの言う通り、ゲスリーの魔法で王国騎士の矢が消失したらしい。 今まで襲われたりしないことを考えると、そのことで力の差を思い知った親分達が諦めてくれた可能性もある。少なくとも王国騎士の矢を使った作戦はもう使えなくなったのは確かだ。 ただ、あれ以降コウお母さんからの言伝がないのが地味に気になる。 コウお母さんのことだから大丈夫だとは思うけど……。 気になるところはありつつも特に襲われることなく順調に旅は続き、通り道の領地の伯爵家に挨拶なども行いながらも随分と先に進んだ。 気づけば、レインフォレスト領にまでたどり着いた。 レインフォレスト領の後は、ルビーフォルン領と続き、次は目的地のグエンナーシス領だ。 領主様と挨拶をしながらのゆったりな旅だけど、終わりが見えてくると、少し寂しい。 途中で襲われたりもしたけれど、他は楽しい旅だった。 ちなみ、この旅の道中でゲスリーと私を同じ部屋で泊まらせようと考える愚か者は、スピーリア領以外ではいなかった。 きちんと別々の部屋をとってくれている。 ゲスリーについてはカイン様の頬真っ赤事件で根に持っているので、公的な挨拶の場でこそ和やかにしているけれど、その他のところでは塩対応だ。 まあ、今までも塩対応だったんだけどもね。お互いに。 レインフォレスト領の中で一番大きな町にたどり着くと、私もよく知っているアイリーン様夫婦がお出迎えしてくれた。「ようこそ、おいでくださいました。歓迎いたしますわ」 アイリーン様は、相変わらずの可憐な美貌を振りまきながらそう微笑んだ。 そのとなりには、ナイトのごとく夫のカーディンさんが寄り添っている。「こちらこそ、レインフォレスト領の美しき翠玉と呼ばれるアイリーン様にお会いできて光栄です。短い間ですが、しばらくお世話になります」 ゲスリーが相変わらずの外面の良さを発揮して和やかに挨拶をすると、アイリーン様の手を取って指にキスを落とした。 側から見たら挨拶も完璧で本当にできた王子なのだけど、内面を知ってる私からすると本当に薄ら寒い。 こういうのをこの旅の間に何回も見たけれど、未だに外交用ゲスリーには慣れん。「リョウも会えて嬉しいわ。でも、まさかこんな形で会えるとは思ってなかった」 アイリーンさまが懐かしむように目を細めてそういうので、私も思わず自然に笑顔が溢れる。「私もまさかこの様な形でお会いすることになるとは思いませんでした。でも、またお会いできて嬉しいです」 そう言って手を広げて挨拶の抱擁のポーズを取ると、アイリーン様も私を抱きしめてくれた。「リョウ、婚約おめでとう」 アイリーン様が少し泣きそうな声でそう言った。 後ろから頭を撫でてくれる手の温度が温かくて、とても優しい。 再会を喜んだ後、アイリーン様はゲスリー殿下に対しても相変わらずの強気な瞳を向ける。「ご存知と思いますが、私はリョウのことを昔から知っているのです。まるで自分の子供のように感じてもおりますの。不敬を承知で申し上げますけど、この子をないがしろにしたら、殿下であろうと許せそうにありませんわ。幸せにしてあげてちょうだいね」 そこまでのこと言ってくれたアイリーンさんにびっくりして目が丸くなる。 たしかに私も小さい頃からお世話になってるレインフォレスト領のことは第二の故郷みたいな感覚でいるけれど……。 アイリーンさんの言葉が素直に嬉しくて恥ずかしい。