ディー・ミックスは、確かな恐怖を覚えていた。 第二試合、シルビア・ヴァージニア対ディー・ミックス。この勝者と、第一試合の勝者アルフレッドが決勝を行い、晴れてエルンテ鬼穿将への挑戦権を手にすることができる。 ミックス姉妹がかかっていたエルンテによる洗脳は、もはや解けたと言っていい。この半年間、アルフレッドによる愛情たっぷりの鬼しごきによって、彼女たちはようやく前を見ることができるようになった。 ゆえに、もしも挑戦権を手にしたならば、ディーにとってそれは報復となる。「よくもいいように使ってくれたな」と、エルンテに牙を剥くことこそが、このタイトル戦における彼女の目的と言っても過言ではなかった。 そこに恐怖などない。かつての師は、今や孤独。妹ジェイと新たな師アルフレッドというかけがえのない味方を得た今、ディーにとってエルンテなど恐るるに足りない相手であった。 では、何故……彼女は今、恐怖しているのか。 その原因は、目の前の女。「……久しぶりね。貴女、随分と顔つきが変わったわね? 恰好もなんだか様になっているわ」「うむ、久しぶりだな。そちらこそ、髪を切ったのか? 似合っているぞ」「あら、ありがとう。貴女の方は……似合い過ぎていて、怖いわ」「そうか? ふむ、そうか、ありがとう」 ディーはエメラルドグリーンの長髪をセミロングほどに切り揃え、後ろで結んでいた。夏向けの涼しい髪型だ。 一方シルビアは、髪型こそ変わらないが、顔つきは以前と明らかに違った。 堂々としている――それが、誰がどう見ても明らかなのだ。何がどう変わったと具体的に指摘することはできないが、何故だか明らかなのである。 また、その恰好も堂々とした雰囲気づくりに一役買っていた。 全身“黒炎狼”装備。甲等級ダンジョン『アイソロイス』のボス、黒炎狼がドロップする素材アイテムを用いて作られた、片方の肩に漆黒のマントがついた弓術師用の軽鎧と、帽子・弓籠手・脛当て・靴である。現状、最も強力な素材で作られた防具。防御力と軽量性は申し分なし、難点と言えば少し暑いくらいだろう。「では、やろうか」「…………」 再び、ぞくりとディーの背中を冷たい何かが撫ぜた。 やはり。彼女は確信する。自分は、恐怖を感じているのだと。 どうして恐怖を感じるのか。その理由は、まだ、わからない。「――互いに礼! 構え!」 審判の指示に従って、二人は弓を取り出し構える。 ディーが取り出したのは、ミスリルロングボウ。軽量で強力で扱いやすい大弓だ。 一方、シルビアが取り出したのは、炎狼之弓……では、なく。「ただの、ロングボウ……?」 なんの変哲もない、木製のロングボウ。何処の武器屋でも売っているオーソドックスな大弓。 シルビアが炎狼之弓より攻撃力の劣るこの武器をあえて選んだ理由は、至極単純であった。それは、炎狼之弓よりも攻撃モーションが小さく目立たないという、ただ一点のため。「――始め!」 開始の号令がかかる。「よいしょっ」 刹那……シルビアは、その場でぐるぐると横方向に二回転した。「???」 謎の行動。ディーは困惑するも、攻撃のため準備した《歩兵弓術》を射る。 エイムは正確。ビンゴの景品によってセカンドから受けたアドバイス、その訓練方法を毎日繰り返したことにより、彼女のエイム力は半年前など比較にならないほど向上していた。「素直すぎるぞ」 一方、シルビアは一言呟き、ディーの攻撃を躱しながら全力で前進する。 途中、二回停止し、二回とも《歩兵弓術》を放った。 だらりと腕を垂らした状態から、一瞬のうちに腕を上げ、狙いを定める間もなく矢を射り、そして即座に腕を下げ、再び駆け出す。しかしエイムはこれ以上なく正確。セカンドがエルンテとのエキシビションで見せたテクニックにも見劣りしないような鋭い《歩兵弓術》であった。