第65話 エルフさんの踊り 帰宅をし、がちゃりとマンションの扉を開くと……あれ、何かいつもと違う気がするな。そうだ、いつもならエルフの少女が駆け寄って来るはずなのに。 ダウンライトだけ灯された室内は薄暗く、それでいてテレビから音が漏れて来る。「あれ、寝てるのかな」 そのような事を呟きながら靴を脱ぎ、部屋へとあがる。二歩ほど歩いてから、ふと横を見て僕はビクッ!とした。ベッドルームにはこんもりとした毛布の山があり、その中へマリー、そしてウリドラが食い入るようテレビを見つめていたのだ。「……どうしたの、2人とも」 たっぷり数秒ほどあけて声をかけると、少女は人差し指を唇へ当て、こっちに来てと手招きをしてくる。 ネクタイを緩め、上着を脱ぎながら様子を伺うと、どうやら以前に購入したアニメ映画を見ている最中らしい。ちょうどいまラストシーンを迎えるところで、テレビからは姉妹の明るい声が響いていた。「おお……っ!」 ぐいとウリドラは前のめりになり、物語へ魅了された瞳をしていることに気がつく。僕に気づきもしないのは、よほど入り込んでいるのだろう。 身も心も物語へ入ると面白いことが起きる。主人公たちの感情さえも伝わり、喜怒哀楽あらゆるものに共感をするのだ。 いまは苦しい時を乗り越えた瞬間であり、だからこそ何千年も時を生きた竜であろうと綺麗に笑う。きっとウリドラは子供のころ、こんな笑顔をしていたに違いない。 そうして思い切り感情を揺さぶられたあと、あの軽快な音楽は流される。とてもシンプルな音楽だというのに、実はその中にも物語を隠している。だからこそ竜は幸福感に包まれた顔をしてしまうのだ。「ああ、これはたまらぬ……っ! アニメという物にこれほどの調和があったとは!」 おや、朝は興味なさそうだったのに。 ごそごそと着替え終えたころ、映画はフィナーレを終えて明るい音楽は静まる。それからようやく2人は毛布をどけ、うーんと大きく伸びをした。「ふぁー……、これは良いのう。色彩豊かで情緒があり、趣もまた格別。日本の田舎とはかくも幻想的な世界であったか……」 伸びをしたウリドラに、そのときぱちりと目があった。