入城から6時間ほどだろうか。 適度に休憩を挟みつつ慎重に進み、ついに地下大図書館の入口が見えてきた。「ここをキャンプ地とする」「……ただの道端だが?」 図書館入口手前の廊下の脇、大きな甲冑の置物などが並べてあるステージのような場所の奥の置物と置物の隙間にテントを設置する。「安地だ。この付近に出る魔物はゴースト系だけだろ? ゴーストはジャンプができないから、一定の高さ以上の段差を越えられない」「…………」 アンゴルモアは無言のまま呆れたような顔をする。敵にほど近い場所で寝るということが納得いかないのだろうか? でもしょうがないじゃん安全なんだから。「じゃあ行くぞ」「うむ。ようやく暗黒狼であるな」「そうだ。扉を開けた瞬間に憑依で頼む」「御意」 しばしの休憩の後、いよいよ死闘へと挑むことにした。 俺はアンゴルモアに指示を出してから、光源を設置できるアイテムを準備する。 暗黒狼戦で重宝するのは、いわゆる“焚き火シリーズ”の中でも最も長持ちするアイテム『大文字用篝火』である。過去にメヴィオンであった「大文字焼きイベント」で使われたアイテムで、《作製》スキル16級で篝火と米俵を素材に作ることができた。 このアイテム、なんと1つあたり336時間燃え続けるという驚異の性能である。イベント期間の2週間ずっと消えないようにという設計だったのだと思われるが、何故かイベント終了後も《作製》スキルで作ることができてしまった。恐らく運営の消し忘れだろう。そのため暗黒狼テイムの時には光源として大変お世話になった一品である。 そして案の定、この世界でも作製できてしまった。ゆえに今回もお世話になる。 左手にミスリルロングボウを持ち、腰にはミスリルロングソードを携え、右手に大文字用篝火を持ち、俺は扉を蹴り開けた。 次の瞬間、《精霊憑依》が発動する。赤黒い雷が全身を駆け巡り、薄暗い図書館を仄かに照らし出した。 ――連なる本棚の、奥。朽ちた木と紙の折り重なる小山の上に、彼女はいた。「(彼奴が……ッ!)」 憑依中にも関わらず、アンゴルモアから念話を受け取った。それほどの驚きだったのだろうか、若干の戦慄が伝わってくる。 大きくもなく、小さくもない、真っ黒い狼。それが彼女の姿だ。俺の記憶の中にある通りの、そのままの姿だ。 その美しい毛はゆらゆらと黒い炎のように波打っている。瞳はまるで深淵を覗いているかのような黒色。どこを見ているのか、何を考えているのか分からない目だ。爪や牙は、長すぎず短すぎず。一見して、ただの黒い狼。「(今のままでは間違いなく敵わぬ! 我がセカンドよ、ここは退けい!)」 アンゴルモアはそんなことを言う。なるほど素晴らしい観察眼だ。流石は精霊大王、実に真っ当な評価をしている。確かに今の俺のステータスでは、暗黒狼のような化物とタイマン張って勝てるわけがない。言わば大人と子供だ。 ……たださぁ、これってゲームなのよね。「(ちょっと黙って見とけ)」 俺は入口から4番目の本棚の左2メートルあたりに落ちている本の上15センチほどの位置に大文字用篝火を設置して、そのまま暗黒狼を見つつ横方向へと駆け出した。 暗黒狼は現在“狼型”。狼型の場合、初手は必ず「突進」である。 俺は突進してきた暗黒狼を飛車雷参で迎え撃った。赤と青の雷がねじれ合い尾を引きながらレーザーのように発射され暗黒狼を襲う。狼型時は物理攻撃が一切効かないため【魔弓術】か【魔剣術】の《複合》で攻撃する。ちなみに当然だが足を狙う。ダウン値を溜めるためだ。 そして突進からの行動は4パターンに別れる。今回は左前足をクイッとさせたので「体当たり」のようだ。この場合は、回避がベター。寸前で横方向へジャンプして躱す。 体当たりもしくは爪攻撃が失敗した際、暗黒狼は確実に暗黒転移→暗黒変身→暗黒召喚と行動してくる。 暗黒転移で本の小山の位置まで瞬間移動した暗黒狼の様子を、俺は暗黒狼から1つだけ離れた本棚の横の位置まで移動しながら観察した。 行動パターン通り、暗黒変身が行われる。暗黒狼はその場でひゅうっと格好良くジャンプすると、全身を黒い炎で包み込み、その姿を瞬時に人型へと変えた。