黒のイシュタル。 こいつが笑う狐のマウスたちを操り、果てはビリーたちの親玉。 白黒の連鎖のトップの一人……か。「ちょうど建て替えようと思っていたところ。盛大に吹き飛ぶのじゃぞ?」 イシュタルが部屋を見渡しながら言った。 そして右手をブルーツに向け――――くっ!「ブルーツ! 避けろ!」「こ、こんのっ! ――どわっ!?」 瞬間、ブルーツは尖塔の内壁をぶち壊し、外に吹き飛ばされてしまった。 幸い防御は間に合ったみたいだが、正面から物凄い魔力の圧を受けたようだ。「ぐぉっ!?」「ちょっとぉ!?」 続きブレイザーとベティーも吹き飛ばされる。 尖塔はもはやボロボロ。吹き抜けとなった尖塔の下の方で、ブルーツの「くそっ!」という悪態が聞こえる。 何とか生きてるようだな。「クリート、遊んでおやり」「はっ!」 いつの間にか背後に現れていたクリートが、尖塔の下へ降りて行く。「ビリー」「はっ!」 イシュタルの隣に跳んで来たビリー。 顔には大きな火傷の跡。これは、回復魔法では回復出来なかったものか?「どちらとやりたい?」「アズリー君の身体も解剖したいところですが、今はエルフの生体に興味があります」「ビリーさん……」 ポチは辛そうな瞳でビリーを見ていたが、ビリーはそんな事など意に介さない様子で眼鏡を上げた。「アズリー、どうやらビリーとかいう奴は、私が相手する事になりそうね」「悪魔化に気を付けてください」「ふん、もう遅い……降魔ノ時! はぁっ!!」 まさか!? もしやここに来るまでに魔術陣を完成させていたのか!? 直後、尖塔の下の方で巨大な魔力が放出された。「まずい! ポチ、ブレイザーたちを援護だ!」「はい!」 下で起こったのは、おそらくクリートの悪魔化。「エルフの肉を食うのも一興だな」「その程度で私を倒せると思っているのであれば……甘いわね!」 正面で悪魔化したビリーと、鬼人化したリーリアはゆらりと下へ降りて行く。 残されたのは俺と……イシュタルのみ。「ふふふふふ、東棟の魔法陣の解除。そこまではよかった。そう思っているのであれば、やはり浅い」「どういう事だ?」「ガスパーが作った感知魔法は、今や王都レガリア全てに行き渡っている。レガリアに入った時からお前たちの侵入には気付いていたという事よ……」 そ、そんなに巨大な魔法陣を一体どうやってっ?「いや待て……まさか!?」「そのような憶測、今考えている暇があるのかえっ!?」 次の瞬間、イシュタルの魔力が尖塔より高く立ち上った。「何て魔力だよ……まったく!」「ふふふふふ、その余裕! その余裕が気に食わぬっ!」 おっとまずい。 俺が今出来る事は、全力でイシュタルの動きを封じ、可能であれば倒す事。 トゥースに言われた通り、魔力の残量を気にせず戦うしかない。「ふんがっ!」「ふん、やはり凄まじい魔力よ。しかし、悪魔を超越した余が、お前に負けるなどありえぬのじゃ! カァアアアアアアアアッ!!」 そう叫ぶや否や、イシュタルは黒いローブを破り、巨大な悪魔に変身したのだ。「んな馬鹿な!? 魔術陣無しで悪魔化とか!? 元々悪魔なのか!? いや、違う!? 生身の時点で究極限界状態になれば――――!」「そういう事じゃ」 しかし、この悪魔……過去見かけた悪魔と何かが違う? どこか……女性的な身体のラインをしている? 待て……この部屋に入った時、イシュタルは何て言った? ――――獣臭い。 どこだ? あの時代のどこでそれを聞いた? 思いだせ。他にも何か聞いたはずだ。「余を嬲った罪、簡単に消えると思わぬといい」 余? 嬲った? いつ? どこで? ――――埃っぽい。暗い。それに獣臭い。 ――――余は息を吸うのも嫌じゃ。早う何とかせい。 あれは……あれはあの伝説の時代。 ポチが使い魔杯に出場した時、陣中見舞いに来た人物による言葉。 俺は、ソイツに対してあえて煽るような態度をとった。 こちらの手札を隠すために。 そうだ、思い出した。 イシュタルは……彼女はバディンの一件から姿を消した存在。「……イディア皇后……」