「……琴音ちゃん」 俺は情け無用と言おうとしたが。 それを手振りで制する琴音ちゃんからは、何かの意志が感じられる。 様子を見ることにしよう。 やがて、間に耐えられなくなったのか、おそるおそる佳世が顔を上げた。「……そんなわけにいかないよ……白木さんにも、ひどいことした……」 佳世は『もっと責めてくれ』とばかりに、毅然とした態度をとろうとしていたが。 その後の琴音ちゃんの言葉が強烈すぎた。「ち、違います。許すとか許さないとかの問題じゃないんです」「……えっ?」「わたしは今、幸せです。嘘とごまかしで固めた日々じゃなくて、素直な感情と裏表ない心で過ごせてます。毎日、笑ってる自分が不思議なくらい」 慈愛に満ちた琴音ちゃんの表情。 例えるなら、『ふたりの王女』でアルディスがオリゲルドに見せるような表情だ。 ああ、ガ〇スの仮面を読んだことない人にはわからない例えか。すまない。「だから、わたしに対して、吉岡さんが謝る必要なんてないんです。申し訳なく思う必要なんてないんです。だって……」 そこに、少しの憐れみと同情を加えて。「……今、いちばん不幸なのは、吉岡さんなんですから」 発せられた琴音ちゃんのキメ台詞に、固まった俺と佳世。 そして改めて気付く。 今の俺は、間違いなく十六年生きてきた中で一番幸せだ。 たぶん琴音ちゃんもそうだと思いたい。 それに比べて、佳世はどうだ。 両親に知られたくないことをすべて知られ。 当然ながら俺にも愛想をつかされ。 ともに浮気に溺れていた池谷からは遊び相手と断言され。 バスケ部も活動停止中で。 自慢のサラサラな髪の毛まで失って。 簡単には許されないと知りながら、それでもなんとか許されたくて。 幸せを共有している俺と琴音ちゃんの前で、みじめに土下座している。 たとえ俺たちに許されたとしても。 得られるものは単なるけじめだけで、自分の負い目が少しだけ軽くなるに過ぎない。 これが不幸でなくてなんなんだと。 不思議だな。溜飲が下がる、とはこんな感じなのか。 先ほど心の中に復活したいやな感情が、スーッと消えるのを実感する。 ──ああ、そうか。忘れていた。『俺と琴音ちゃんが幸せになることが、一番の復讐』 佳世に対する俺の復讐はすでに成っていたんだから、いまさら心を乱す必要はない。同じ土俵にすらいないわけだし。 だから、佳世が俺たちに謝罪なんてする必要はないんだ、と。 そう琴音ちゃんは言いたかったのかもしれない。 だが、その気遣いが、佳世にとどめを刺すにはオーバーキルだったようで。 チアノーゼと見まがうほどに、佳世の顔面からは血の気が引いている。「……うん。琴音ちゃんの言う通りだ」 すがすがしい気持ちで、琴音ちゃんの言葉に同意する俺。 佳世に対する恨みなど、今の俺たちには些細なことだ。 許すとか許さないとかどうでもいい。