こんにちは!キュウです。
今回は、コラボブログの第3弾で、鷹れんちゃんと、私たちが「変わったね」と言われた時の話を皆様にお送りしたいと思います。よろしければお付き合いください✨
はじめに
このコラボブログを書くにあたってまず最初に話したことは、「キュウと鷹れんって、共通点多いよね!」ということです。
家庭環境から生きがいまで、価値観や体験したことがすごく似ている。
こんなに似ている私たちだから、きっとなんでも書けるにちがいない!!
ということで、特にテーマは決めず、他愛ないおしゃべりから始まりました。
批判される言葉について
皆様、鷹れんちゃんが管理人を務める「ティーンズプレイス」というサイトをご存知ですか??
じつは、鷹れんちゃんって、すごいんです。自分が管理人を務めるHPで毎日ブログを発信していて、キュウはその内容によく共感しています。
今回は、キュウのコラボブログのお話をするにあたって、鷹れんちゃんが最近感じている「批判される言葉について」についての話から始まりました。
ちなみに、それについての鷹れんちゃんの価値観が書かれているティーンズプレイスの記事を2つピックアップさせていただくと、
「相手によって態度を変えるって悪いこと?」
「「悲劇のヒロイン」について考えてみる」
この二つになります。
キュウは鷹れんちゃんのファンなので(笑)元々この記事を読んでいて、キュウも共感していたテーマのお話だったので、すんなり話が弾みました。
八方美人って、悪いこと?
「悲劇のヒロイン」や「八方美人」って、批判的な意味で使われることが多いように感じませんか??
キュウと鷹れんはそう感じました。
でも、それって、本当に批判されるようなことなのでしょうか??
キュウは前々から、「人は誰でも”悲劇のヒロイン”になっていい時間がある」と訴えたいと思っていました。(いや、最近は訴えてます笑)
悲劇のヒロインになって自分のために悲しむことって、悪いことじゃないと思うんです。悲しいことを悲しめないで感情に蓋をしてしまうって、やっぱり心に負担がかかるんじゃないかなあって思うんですよ。悲しみを悲しみとして発散することで癒える傷だってあると思う。それをすることができない人もたくさん居たりするのだけど、その中でも悲しみを悲しみとして素直に表現できるってことは一つの才能だし、それは素敵な能力だと思うから。
本当は、そういう時間はみんなに許されるべきことだと思うんです。(なので、悲劇のヒロインになる時間が欲しい人が思いっきり共感・肯定してもらえるような場所を作れたらいいなと考え中だったりもします。)
鷹れんちゃんも似た考えで、「八方美人」って才能だと思うんだよね、とお話してくれました。(以下、ティーンズプレイスの記事からの抜粋です)
相手によって態度を変えられる人は、相手のことをよく見ています。
相手はなにを求めているのか。どういう言葉で嬉しくなるのか。どんな態度で接すれば好いてくれるのか。
相手のクセや趣味嗜好を「観察」しながら、相手の気持ちを想像して行動する・・・ということではないのかなぁ。
・・・なんて、考えすぎでしょうか。
ともかく私は「相手によって態度を変える」ということをむしろ褒め言葉としてつかっていきたいです。