「あいつ温存してるな」「何?」 俺の呟きに、シルビアが「そうなのか?」と返す。「あれほど圧倒的だったのだから、初っ端から全力かと思ったぞ」 過去、シルビアとエコが二人がかりで負けた相手を、ああも簡単に屠ってしまったら、そう思っても仕方ないかもしれないが……あれが全力だなんてとんでもない。「ありゃ、前回で言うところの奇襲だ」「む、私たちの使ったアレか」「加えて盤外戦術も織り交ぜて奇襲をより確実なものとしている。あいつの常套手段さ」「盤外戦術か。私は気付かなかったが」「あいつは試合前も試合中も試合後も、基本的に真顔だ。あんなにニコニコ笑うことは滅多にないぞ」「ううむ、なんだろうか。随分と、その……いやらしいな」「勝つために手段を尽くすタイプだな」「そう言うと聞こえはいいが……」 エルンテに似ている、と言いたいのだろうか。 それは大間違いだ。「あのジジイとは違う。ジジイのように盤外で実際に手を出すのは論外だ。手段を尽くすとはそういった妨害行為をすることではない。ルールの範囲内で、最大限自分の有利を作ることだ。対戦相手を下調べして、持てる手札を順序良く切って、勝ち筋を計算し尽してな。できるもんならやってみろって話だよ。俺にはとてもできない」「なるほど。盤外戦術という選択肢も、元から手札にあるのだから、切って当然の札。つまり、彼女の中ではカード遊びのようなものなのか」「……ああ、そうかもしれないな」 そもそもがネットゲームという“遊び”のはずだった。 ラズも、ひょっとしたら最初はゲーム感覚でやっていたのかもしれないな。 でも、不思議なもんでな、いくらゲームだとわかっていても、いや、ゲームだからこそなのか、勝ちたくなるんだ。死ぬほど。 勝ちたくて勝ちたくてどうしようもなくなるんだ。 勝つためにはなんだってするようになる。できることなら、なんだって。 盤外戦術。頭の悪い俺にはできないが、頭の良い彼女にはそれができる。だったら、やるしかないだろう。俺が彼女だったら、まず間違いなくやっている。 あれがラズの強さだ。持って生まれた頭の良さ、計算の速さと正確さ、優れた思考力。そして考え過ぎず、時には大胆で、決断力があり、勝負強さがあり、知識があり、技術がある。 弱点といえば、その成長タイプか。 しかし彼女なら、そこさえ強みに変えられるだろう。「恐るべし、だ」 完全に俺の首を取りに来ている。 ガラムを、手の内を殆ど明かさずに吹き飛ばしやがった。 そのための盤外戦術か。毎度ながら、上手くやるもんだ。 結果、ラズは定跡も戦法も温存し、大剣以外の剣すら出さないまま初戦を通過してしまった。 ……大本命、だな。 次はレイヴ対ヘレス。その次がロスマン対ラズ。 さて、どうなるか――。