なるほど、少し距離を取りたいと。銀将で弾きあって間合いを取り直し、高火力スキルを、恐らくは《飛車杖術》でもぶち込んで勝負しようとしているわけだ。「それは許せん」 相手の手を潰す。これ、大事。 俺は《香車杖術・突》でスチームの指先を狙う。「ああ銀将」と思った瞬間にはもう体が勝手に香車の準備を始めていたので、スチームの銀将・払の発動より先に香車・突を発動できてしまった。「ぁ危っ!?」 間一髪、スチームは銀将をキャンセルして全力回避。ナイス判断だ。 さて、こっちの反撃か。「これ知ってるか?」 多分、知らないだろう。是非覚えておいてもらいたいテクニック。いい機会だから披露しよう。「……うーわ……」 スチームの引く声が聞こえた。 現在、俺は何をしているかというと……スチームとの間合いを詰めながら《歩兵杖術・突》《歩兵杖術・打》《歩兵杖術・払》を高速連打している。 所謂「何が出るかな?」状態。【杖術】においては、一つ前のスキルをキャンセルせずに新たなスキルの準備を開始すると、同一のスキルに限り、自動的に一つ前のスキルがキャンセルされるのだ。ちなみに【杖術】以外のスキルでは、一度キャンセルしなければ新たなスキルの準備を開始することはできない。 つまり、この「突・打・払ルーレット」は、【杖術】におけるメヴィオン運営推奨のテクニックであるとわかる。「スタッピッ! “突”でした~」 だが、上級者になればなるほど、このルーレットはあまり意味をなさない。 何故なら「予め準備してから接近する」馬鹿などおらず、「ギリギリまで発動せず接近する」のが常識だからだ。ルーレットはここぞという瞬間の攪乱程度にしか使えない。「くっ!」 ……ただ、相手が初級者の場合、もの凄い効く。 翻弄されたスチームは、一拍遅れて《歩兵杖術・払》で対応した。「お次は~、どぅるるるるるる……」 このルーレット、俺は「格下に勝ち切る技術」として愛用している。 だって、半端なく効くんだもの。「出た! 打……と見せかけて突!」「なぁっ!?」 こんな風に出目がぬるっとスベることもあるぞ。 時折、俺の意図とは違うスキルが発動していることだってある。今みたいに《香車杖術・打》を発動したつもりが《香車杖術・突》になっていたりな。そういうサプライズもまた面白い。 スチームは《香車杖術・払》を準備して対応しようとしていたが、予想に反して俺が繰り出したのは《香車杖術・突》だったため、少しだけ発動のタイミングがズレて、先に俺の突きがスチームへと届いてしまう。「ぐ、あっ……!」 右腕に貫通効果のある突きを受け、楓の棒から右手を離してしまったスチーム。実に大きな隙だ。 しかし結果は悪かったとはいえ、よく《香車杖術・払》の準備を我慢したな。俺のルーレット始動と同時に準備を始めようものなら、即座に《角行杖術・突》へと切り替えてほぼ決着だった。それを見抜いていたのか。流石は三十三歳の若き辺境伯、まだまだとはいえ頭が切れる。「降参するか?」「……いえ。セカンド卿、貴方、もう少し楽しみたいという顔してますから、私でよければ付き合いましょう」「そうか!」 いいやつだな、スチーム。 終わったら一緒に酒を飲みたいところだが、どうも下戸らしい。残念だ。 じゃあ、飲めない分、もう少し楽しもうか。「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」 あれから数十分、スチームには俺のルーレットに付き合ってもらった。 こいつ、見た目に反して意外とガッツのあるやつだ。不健康なほど白い肌をした細身の見るからにインドア派な眼鏡野郎が、ここまで喰らいついてくるとは。 後半には俺のルーレットを半分くらい見切っていた。この一試合で、スチームはどれほど成長したのだろうか。 その成長性と、半年で【杖術】を上げ切る経験値を稼いだ集中力もさることながら、あの【杖術】スキルの習得を可能とした胆力といい、チーム結成方法についても見抜いていた観察眼といい、色々と先が楽しみな男だ。 ああ、ただ、今の楽しみといえば……グロリア千手将。 スチーム・ビターバレー辺境伯をもってして「杖術師っぽい」と言わしめる変わり者。気にならないはずがない。 もちろん、その腕前も。 いざ、勝負――。