「ぐぇ……うう。撒くんですか?」「まあ、完全には無理だろうけど、尾行を確定させようと思ってな」後続を振り切って辿り着いた、9層へと降りる階段の周辺は、空堀と土塁で覆われていて、たしかに拠点っぽい仕上がりになっていた。追っ手は、どうやら俺たちを見失ったようだ。生命探知の範囲から外れていた。流石に宿屋は無かったが、屋台で食べ物なんかを売っていたりするのは、ちょっとフィクションっぽくて面白かった。屋台の兄ちゃんの説明によると、2チーム・2日交替制で営業しているのだとか。8層前後まで来られるエクスプローラはそれなりにいて、意外と金になるらしい。やっぱ、探索者と言えばこれでしょ? と差し出されたのは串焼き肉だ。オークなのか? と聞いたら、実はただの豚らしい。8層にはオークもいるが、オーク肉のドロップ率はそれほど高くないし、そのまま上に持ち帰ったほうが遥かに利益になるらしかった。それでも串焼き1本が千円もするのは、やはり場所柄か。おれは三好の分もあわせて千円札2枚で支払いを済ませた。商業ライセンス以外の探索者同士の取引は、WDAカード同士によるダイレクト支払いか現金だ。前者はWDAカードに結びついている口座からの自動引き落としだが、10万円以下の取引に限られていて、1回100円の税+手数料が送信側から引き落とされる。ATM利用料と大差ないから便利と言えば便利なのだが、取引そのものは硝子張りになるからプライバシーはないも同然だ。なおダンジョン内での取引は、入り口を出た時点で清算されるらしい。オンラインにできないもんな。「絶対焼き過ぎなんですけど、やっぱ、気分ですかね。意外と美味しい気がします」そんな失礼なことをいいながら、はむはむと三好が豚串を頬張っていた。もう午後も結構遅く、おやつの時間を過ぎたあたりだ。俺たちは、串を返して礼を言うと、そのまま9層へと降りる階段に向かっていった。8層の屋台の兄ちゃんには、マントの隙間から覗く初心者装備を見られたからか、その装備で降りるわけ? と呆れた顔をされてしまった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇「B08。こちら18。8層へ到達した。送れ」「こちらB08。目標は今9層へと降りた。送れ」「B08。うそだろ? いくら何でも早過ぎる。送れ」「確かだ。初心者装備の男女1組。女の方は、間違いなく三好梓ターゲットだ。送れ」串焼きを売っていた男が、屋台から離れた影で、小さなイヤープラグ型のヘッドセットで話をしていた。「了解。急ぎ追いかける。なお同業が多数混じっている模様。そちらも注意されたし。終わり」串焼きを売っていた男は、イヤープラグをはずして立ち上がると、ふたりが降りていった階段の方を眺めた。「うちの斥候チームがまるまる1フロア分も差を付けられるって……一体、あいつら何者なんだ?」