養父様はハンネローレとハイスヒッツェへの挨拶とお礼を終えると、養母様とシャルロッテを振り返る。「フロレンツィア、シャルロッテ。ダンケルフェルガーの方々を客間へ……。清めの準備も整っています。六の鐘までごゆっくりとお過ごしください」「恐れ入ります。宴の前に清めたいと思っていたのです」 ハンネローレがはにかむように小さく笑う。ハンネローレに笑顔を返した後、養父様がフェルディナンドに視線を向けた。「フェルディナンド、其方にも客間を準備させた」「……客間? あぁ、そうだな」 フェルディナンドが一瞬不可解そうな顔をした後、ちらりとわたしを見た。たとえ「おかえり」と言われても、フェルディナンドは戻る家をわたしに譲ってしまっている。自分の家が存在しないことを思い出したのだろう。フェルディナンドをエーレンフェストに帰してあげたいと思っているのに、そのわたしが居場所を奪ってしまっている。これではいけない。「フェルディナンド様、図書館を使ってくださいませ」「いや、それは……」「わたくしは城のお部屋を使いますから、ご遠慮なく。お部屋はそのまま残しています。フェルディナンド様は慣れた場所の方が落ち着くでしょう? お薬が必要でしたら工房や素材は好きに使ってくださって構いません。できればラザファムにご無事な姿を見せてあげてくださいませ」 わたしがフェルディナンドに図書館の部屋を使うことを提案すると、ハンネローレが不思議そうな顔をした。「ローゼマイン様の図書館にフェルディナンド様のお部屋があるのですか?」「えぇ。わたくしの図書館は元々フェルディナンド様の館だったのです。アーレンスバッハへ行くことになった時にわたくしが相続して図書館にしました」 本がたくさんあるのですよ、とわたしはハンネローレにマイ図書館の自慢をする。大半がフェルディナンドの本だが構うまい。「ハンネローレ様。王命でアーレンスバッハへ向かう私には当然のことながら妻も子もいませんでした。父上から譲り受けた館を誰に相続させるのか考えた時、被後見人のローゼマインに譲るのが適当だっただけです。……正直なところ、まだ部屋を残してあるとは思いませんでしたが」 やや呆れた響きのある声にわたしはツンと顔を逸らした。「フェルディナンド様がいつでも気兼ねなく里帰りできるようにお部屋は残しておくと言いませんでしたか?」「そのような口約束がいつまでも守られるとは思わぬ。君のことだ。すぐに本で浸食されると思っていたのだが?」「まだまだ浸食できるほどの本がないのですよ。頑張って印刷中ですけれど……」 あの図書室からはみ出すくらいの本が欲しいものである。わたしが図書館の充実について思いを巡らせていると、フェルディナンドが軽く息を吐いた。「私の部屋がまだ残っているならば自室の方が落ち着くが、私が使っても君は本当に良いのか?」「もちろんです。わたくしは城にもお部屋がありますもの。ラザファムにオルドナンツで出迎え準備ができるように連絡しますね。その後でわたくしは下町や神殿の様子を見てきます」 下町や神殿を見て回って、城に戻って準備して……とこの後の段取りを考えていると、フェルディナンドに「待ちなさい」と注意された。「君が自分で連れてきた客人を放置してどうする? 下町や神殿に大きな被害はなかったようなので今日は側近から話を聞くに留めて、見て回るのは明朝にしなさい。宴が始まる六の鐘までにそれほど時間はないぞ」 お風呂に入ったり、着替えたり、側近達の報告を聞いたりすることを考えれば時間はない。わたしはラザファムにオルドナンツを飛ばし、フェルディナンド、エックハルト兄様、ユストクスの三人の受け入れを頼む。すぐにラザファムから返事が来た。リーゼレータ達を通してフェルディナンドが無事であること、宴のために戻ってくることを聞いてすでに準備を整えているらしい。「優秀ですね、ラザファムは」「私が教育したのだ。当然であろう」 フンと得意そうに鼻で笑われたので、わたしも「リーゼレータ達も優秀ですから」と対抗しておく。「……あの、アウブ・エーレンフェスト。お二人はいつもこのようなご様子なのですか?」 ハンネローレとハイスヒッツェが呆気に取られたような顔をしている。何と答えれば良いのか答えを探すように少し視線をさまよわせた養父様が「……概ねいつも通りです」と小さく呟いた。「おかえりなさいませ、ローゼマイン様。ご無事で何よりです」 オティーリエ、リーゼレータ、グレーティアの三人が出迎えてくれた。リーゼレータとグレーティアはシャルロッテからわたしの帰還連絡を受けて、図書館から戻ってきて準備してくれていたらしい。突然の招待に戸惑うのは招待された者だけではない。受け入れ準備を整えなければならない側仕え達も大変なのだ。「ダンケルフェルガーの客間の準備にブリュンヒルデが奔走していて、ベルティルデはそちらのお手伝いに駆り出されています。これからわたくしもそちらへ向かいますね」