ついに一閃座を賭けた対戦が始まった。 ……しかし。 セカンドとラズベリーベル、二人が一体何をしているのか、その一端でも理解できた者は、この会場内に一人として存在しなかった。 あのレイヴでさえ、混乱を極めていた。 彼は、目の前で繰り広げられる二人の長い長い攻防、その一手一手の意味を必死に考える。 何故、セカンドは今、右足を引きながら銀将をラズベリーベルの左手前に振り抜いたのか。 何故、ラズベリーベルは今、歩兵を一度キャンセルしてからまた歩兵を発動したのか。 何故、セカンドは今、金将で受けるべきところで香車を準備し一度キャンセルしてから回避に専念したのか。 何故、ラズベリーベルは今、飛車で押し切れるだろうところで銀将と桂馬の複合を選択したのか。 何故、何故、何故。 答えは一つもわからない。 二人の動きは、あまりにも高度すぎた。 恐らくは、その一見して意味のないような手や足や視線の動きにまで、想像を絶するような深い意味や効力があるのだろう――と、そこまでの予想は立つ。 しかし肝心のそれがわからない。 やがて、ラズベリーベルの使う黒い剣の特性をある程度察するにまで至ったレイヴだが、それでもまだ二人の動きの意味がわからない。 否、もはや考える暇などない。 互いに寸分の狂いなく一切の隙も与えぬまま限界ギリギリの勝負を三十一手もノンストップで続けるのだ、当然である。 だが、当の二人は冷静そのもの。対して、観戦している人々は皆、頭がどうにかなりそうなほど白熱していた。 一閃座戦へとセカンドが登場して以来、最も長く続く戦いに、誰もが目を奪われている。 二人が何をしているのか全く理解できなくとも、「何か凄まじいこと」をしているという事実だけは確と伝わるのだ。「さあ、何で来る!」 三十一手目、《銀将剣術》をラズベリーベルの右肩に突き入れるようにして放ったところで、セカンドが満面の笑みでそう口にした。 ついに、形勢がハッキリと動く。 直後、ラズベリーベルが選択したのは――《歩兵剣術》。「ど、や!」 それは超絶技巧と言い表すことさえ烏滸がましいほどの一撃であった。 本来ならセカンド側が優勢であるはずの三十一手目。そのセカンドの鋭すぎる突きに対して、更に鋭く、ミスリルロングソードの側面へ垂直方向に突き刺すようにして黒ファルを押し込むラズベリーベル。 ――コツン、と。優しく当たる。 銀将は、ラズベリーベルの右耳から一センチの場所を通過し、そして……「おぇえ!?」 セカンドは、変な声をあげながら大きくノックバックした。 これが黒ファルの威力であり、ラズベリーベルの用意していた決め手。 形勢は、一気に逆転する。 黒ファルを出した自分に対してセカンドが三十一手組を採用することを、ラズベリーベルはずっと前から予想していたのだ。 その三十二手目に、自身の温めていた研究を思い切りぶつける。 言わば「三十一手組破り」の決め手。 完璧だった。武器の選択も、セカンドがレイピアを忘れるという予想も、ここへ至るまでに殆ど手の内を明かさなかった徹底も、この研究をぶつけるべきタイミングも、気の遠くなるような高難易度の技術の習得も。全てが完璧だった。「もろたで、センパイ!」 ノックバックしたセカンドを、すかさず追い詰める。 無慈悲な追撃。《飛車剣術》を準備しながら前進するラズベリーベルの脳裏を、“勝利”の二文字がよぎった。 ……この《飛車剣術》、セカンドは、躱すことも防ぐこともできない。 躱すには、どうしても近すぎる。何かをぶつけて防ごうにも、ミスリルロングソードと黒ファルシオンがぶつかり合うことで再びノックバック効果が発動してしまう。 時間を稼ぐならそれでも防ぐしかないが、防ぎ続けることでいずれ必ずダウン値が溜まり、ついにはダウンし、ラズベリーベルの大剣による《龍王剣術》を受け、ゲームセットとなる。 逃れようがない。 つまりは……詰み。