「かなり注意力が散漫でしたね」「そーなんだよ、分かる? もういくら言っても駄目ね。オヤツにしか興味ないんだ」 そのオヤツという単語を口にしただけで、くるっと柴犬は振り返る。表情としては「いただけるので?」という感じであり、本当にそうですねとしか僕には言えない。「あら、お菓子が大好きだなんて子供みたいね」 そう言うマリーに、僕は思わず二度見をしそうになった。いや、失礼だからしないけれど、マリーのお菓子好きもなかなかのものだと思うよ。もちろん口にはしないけど。 少女は何も意見をせず、じっと僕を見つめてくる。面倒を見てみたいと思ってはいても、僕にまで迷惑をかけたくないと思っているのだろう。 ご主人からの誘いを受けるべきかという悩みは、柴犬がじっとマリーを見つめている様子に気づいてから決まった。「分かりました、一度様子を見てみましょう」「おっ、ありがたい! 土産には期待してくれよ」 ぱんと肩を叩かれて、それから少しだけ僕は驚く。こんなにご近所の方と触れ合ったことなんて無いし、むしろ距離を置くことばかり考えていた。なのに気づいたらサクランボで一杯の袋を手にして、家路に向かっているなんて。「ね、すごく得をした日曜日だと思わない?」 そう隣を歩く少女から尋ねられて、思わずという風に僕は頷く。その様子が楽しかったのかもしれない。気難しいエルフ族とは思えない笑みを見せ、薄手の服で脇の下に抱きついてきた。「ねえ、私たちが眠っているとき、花ちゃんは心配しないかしら?」「もう預かる日のことを考えているの? 気が早いなぁ、マリーは」 くふふと彼女は笑い、密着した彼女のお腹からも震えが伝わる。 それからすっかり忘れていた包帯を解くと、そこには笑ってしまうくらい小さな傷跡しか残されていなかった。