そして、千尋と佳菜は、準備を終えたら迎えに来ると言い残して帰っていった。残された総太郎は、虚脱感に浸りながら呆然と居間のソファに背を預ける。 あれだけ胸に宿っていた闘志が、千尋とのセックスを通じてほとんど消滅してしまっているのが分かる。総太郎の格闘家としての芯を、あの女性は見事に折って行ったのだった。「……千尋さんは、最強の刺客だった。完敗だったな……」 悔しさと挫折感はもちろんある。何しろ冴華が放った刺客に負けたのだ。冴華の狙い通りにされてしまったわけで、彼女の勝ち誇った顔を想像すると泣きたいような気持ちになってくる。 だが、それ以上に――総太郎は、千尋という女性との性行為の余韻に幸福感を覚えていたのだ。それほど心地の良いセックスだった。あの優しく包容力のある女性と一緒に暮らすのかと思うと、自然と心臓がドキドキしてくる。それが母親に対する感情なのか、それとも女性に対するものなのか、自分でも区別がつかなかったが…… しかし、千尋は総太郎を屈服させた張本人なのである。そんな相手であるのに、総太郎は千尋に対して憎しみも敵愾心も感じておらず、ただ彼女にはかなわないという気持ちがあるだけで、個人としては憧れの感情すら抱いている。 それこそが千尋の刺客としての恐ろしさであるのだろう。そして、彼女の強さは総太郎のようなタイプの男に対してだけ特に有効なのだということも分かるので、総太郎は自嘲的な気分になる。「あの人がここに来た時点で、俺の負けは決まっていたんだな」 おそらく一生、千尋にはかなわない。そう思い知り、いっそすがすがしく負けを受け入れる気分になった総太郎であった