(きっとこれでよかったんだ)
最後に投稿した動画のコメントを見ながら自分に言い聞かせるようにそう思う。
コメントにはたくさんの『お疲れさま』や『今までありがとう』の言葉。
『引退』を公表した数十分前、こんなにも心のどこかに大きな穴が空くとは思わなかった。
日常だったものがもう日常ではなくなる。
その恐怖に一人で耐えれるつもりだったのに耐えきれない。
この存在がどれくらい大切だったか思い知らされる。
一人、静かな部屋でヘッドフォンをしたまま、適当に自分のマイリストを振り返る。
どの動画にも楽しかったことや大変だったこと、たくさんの思い出がある。
そして、少しずつ思い出を振り返りながらカーソルをゆっくり下にスライドしていく。
すると一つの動画に手が止まった。
一度、活動休止をすることに後押しされた曲。
そして、大切な彼にたくさんの負担と迷惑をかけた曲。
きっと彼はまだ、自分を責めているのかもしれない。
でも、それでも彼は優しかった。
復帰して、活動を始めるとまた一緒に歌ってくれた。
その時の事ばかりが思い出され、だんだんと泣けてくる。
(声が聞きたい・・・)
もう何日も会っていない彼の声が聞きたい。
彼は優しいから、また甘えたくなる。
優しく『これでよかったんだよ』って、嘘でもいいから言ってほしい。
(ねぇ・・今すぐ会いたいよっ・・・)
一人、パソコンの前で何度も目をこすりながら心のなかで叫ぶ。
すると自分の嗚咽しか聞こえなかった空間に少し離れた場所の音が届いた。
そして、荒い息づかいと少し早い足音がこちらに近づいてくる。
困惑し、戸惑っていると勢いよくドアが開かれた。
「?!」
「しゃむっ・・・!」
「み、みーちゃっ・・?!」
入ってくるとほぼ同時にきつく後ろから抱きしめられる。
そして驚いていると耳元から彼の荒い呼吸が聞こえてくる。
きっと仕事が終わり次第走って来てくれたのだろう。
「しゃむ、どうしてあんなこと・・・」
「ぁ、それは・・」
「何かあった?ねぇ、俺またしゃむのこと守れなか・・・」
「違うよ。みーちゃんのせいじゃないよ」
彼の言葉を遮り、できる限り優しい声音で言葉を紡ぐ。
きっと僕よりも傷ついているのだろう。
「ねぇ、みーちゃん?」
「・・・なに・・?」
「となり、座らない?」
「・・・・・」
小さくうなぎ、抱き締めていた腕をほどき横に座る。
そして、優しく手を握られた。
微笑んで見るが、うつむいてる彼には意味がない。
仕方ないので、話始めることにした。
「あのね?僕が引退したのは、みーちゃんたちのせいじゃないよ?だって僕が決めたんだから。それにそろそろ潮時かなって。ちょうど成人したし、これから忙しくなると思ってね。だから歌活動も難しいかなって」
この空気を壊したく、少し苦笑いしながら話したがまったく意味はなかった。
無言のままの彼を見つめ、最後の理由を話す。
「多分一番の理由は、これなんだ」
「・・・・?」
「もう、昔みたいに歌が歌えないんだ。ただ好きってだけで歌を歌えなくなったんだ・・・だから、もう・・」
「しゃむ・・・」
できる限り明るく話してみたがやはり最後には泣けてきてしまう。
そんな僕をみて、彼は優しく頭を撫でてくれる。
「・・・み、ちゃんっ・・!」
「大丈夫、辛かったよね。しゃむはたくさん頑張ったもんね」
そういいなが優しく抱きしめ、背中を撫で声をかけてくれる。
その安心感から服にしがみつき、泣き続ける。
「しゃむ、泣きたいだけ泣きな。全部受け止めるから」
「ぅ、ん・・・」
優しく響く声と一定のリズムで撫でてくれるお陰で、少しずつ安心して眠くなる。
その事に気がついたのか、寝やすいようにしてくれ声をかけられた。
「寝ていいよ。ずっとそばにいるから」
「ん・・あり、がと・・・・・」
言われた言葉に甘えて、目を閉じてみると程よく眠気に襲われる。
少しずつ泣き止んでいくと彼の整った心音が聞こえてくる。
たんだんと意識が遠退いていくなか、彼の一言がぎりぎり入ってきた。
たくさんの人に言われたけど、誰よりも僕の心を安らげてくれる彼の言葉。
「しゃむ、お疲れさま」