どうしても会社勤めをしていると、年末年始はバタバタしてしまい帰省どころではない。疲れた身体をのんびり休ませたいし、申し訳無いと思いながらもついつい断っていた。 しかしエルフさんと年末をゆっくり田舎で過ごすというのは、なぜか僕まで楽しみだと思う。コタツにお餅、それに初詣という過ごし方を教えたらきっと喜ぶだろう。さらには全身が埋まってしまいそうな雪を見たら、きっと目を丸くするんじゃないかな。 さて、そんな日本通でミーハーなエルフさんだけど、今度は違うものに興味を惹かれてしまう。ぱっと僕から身を離し、それから木陰の向こうへ薄紫色の瞳を向ける。 現れたのはまだ若い猫であり、すっかり顔見知りになった虎柄の子も、目を線にして欠伸をしながら寄ってくる。「まあ、あなたも冬の準備をしていたの? まったく、お腹をこんな真ん丸に膨らませて。私に触らせなさい、どれくらいヌクヌクなのかを調べてあげるわ」 やめろー、と猫は転がりながら両手をバンザイするけれど、楽しんでいるとしか僕には思えない。笑うようにして「にゅいーっ」と声を上げると少女の頬はだらしなく緩んだ。 毛が生え変わるのはこの時期で、冬に向かうにつれて猫や犬は丸みを増す。そのせいで、かしかし掻かれるのが気持ち良いらしく、ぱかっと口を開けたまま良いようにされていた。「見て、一廣さん。こんなに毛が抜けてゆくわ」「長い毛に生え変わって、暖かく過ごそうとしているんだね。どれ、身体も少し大きくなったかな」 ぐにゃぐにゃにされている猫だ。手足を伸ばしても慌てる事はなく、もっと撫でろと鳴いてくる。春に見かけた時より一回り大きくなり、きっと毛が抜けて気持ちよいのだろう。「まだ早いけれど、来週末はマリーの服も買っておこうか。マフラーとか上に着るものもあったほうが良いと思う」「ええっ、このあいだ買ったばかりでしょう。あなたもいい加減、過保護から卒業してくれないかしら。私のほうがずっと年上なのよ、カズヒホちゃん」 ぺたりと指先で鼻に触れられたけれど、それもまた不思議なことに子供のようで可愛らしい。くすぐったい思いをし、僕の口元まで緩んでしまう。「ほら、日中は暖かいけど夕方は肌寒いんじゃないかな。そう考えると洋服を備えておくのも大事だと思うよ、マリーお姉さん」「あっ、そっ、そうね、ええ、確かにそうかもしれないわ……それで、もう一度お姉さんと呼んでくれないかしら?」 あれ、子猫とエルフから、じいっと見つめられているぞ。 それにしても「お姉さん」という言葉を喜ぶなんて、どういう所がツボなのか分からないものだ。しかし、ふっくらと艶のある唇から「はやく」と無言で命じられると、こちらとしても喜ばせてあげたくなる。「ええと、マリーお姉さん、どうしていつも大人っぽいのかな?」「ふふ、分かってしまうのね。いいかしら、あなたにはまだ理解できないでしょうけど、自然と全身から大人っぽさがにじみ出てしまうのよ」 うん、猫の手をぴこぴこ動かしながら説明をしてくれるけど、しっかり可愛い気配がにじみ出ているね。そのまま続けてくれて構わないよ。「ふふ、あなたも大人っぽくなりたいなら、第一に好き嫌いをしないこと。ピーマンは確かに苦いけれど、あれを我慢しないといけないわ。それとお野菜もしっかり食べること」「……それ、全部マリーのことじゃないの?」「お黙りなさい、カズヒホ。マリーお姉ちゃんの言うことを聞けないのかしら? 今日から私の分も食べて構わないわ。そうしたらあなたも大人っぽくなれるはずよ」 それは駄目です、と指でバツマークを作ると、しゅんと眉尻が落ちてしまった。 お姉ちゃん、好き嫌いはしちゃ駄目だよ?