「江東区とはまるで違うわ。景色だけでなく空気もどこか落ち着いているもの」「確かに夜もさわさわしているかな。ほら、遠くに山が見えるかい。あそこまでずっと畑が広がっているからね」 はい?と少女と子猫は振り返る。やはり黒猫になろうとも魔導竜は姉妹のように似通っているものだ、などと感じてしまう。「まさか。そんなに作っても食べきれないわ」 まあ、それを消費しきれるほど日本人口は多いからね。僕らの住むスーパーまで流通されていることを教えているころ、バスはゆったりとカーブを描く。やがて峠を越えると、林の向こうからのそりと雪化粧をした山が突如として現れた。「おおーーっ」 貫禄ある光景に、流通への会話はあっけなく流されてしまう。それもそのはず青森でもっとも標高の高い山、岩木山がお目見えになったのだから。「すごいわねえ。てっぺんがギザギザして、雪で真っ白だわ。だいぶ空気も冷えたけれど、あそこはずっと寒いのかしら」「マリーは寒いのは平気かな。もし平気なら冬に来たらスキーとかを楽しめるよ」 すきい?と2人はこちらを見上げてくる。猫はコタツで丸くなるというけれど、使い魔やエルフの場合はどうなるのだろう。そのように考えているうちも、バスは当の岩木山へのルートを辿っている。 ゆっくりと大きくなるその光景は、どこか子供のころを思い出させる。 初めて岩木山を見たとき、僕はおじいさんの車に乗せられており思わず声をあげたものだ。自分の声を聞くことは久しぶりで、だからこそ雄大な光景へ目を吸い寄せられてしまう。 あのとき振り返ったおじいさんはやさしく微笑み、手を伸ばすと甘いお菓子をくれた気がする。 ――と、口元へ甘い匂いが漂った。 見れば少女からチョコレートが差し出されており、「あーんをしてちょうだい」と瞳で訴えられていた。ぱくりと食すと子供好きしそうなイチゴ味が口のなかへと広がり、山の空気もあってか美味しく感じられる。 黒猫も少女の手へ乗ったものをかつかつと食べ、お気に召したのか「にう」と鳴いた。「私、岩木山を気に入ったわ。あなたの暮らした山はとても綺麗ね」「ふふ、別に山育ちなわけじゃないよ。いや、あんまり変わらないかな」 雪化粧が富士山と似ていることから津軽富士とも言われているそうだ。まあ、いつか日本一の山にも案内したいかな。 のろのろとしたバスだったが、下り坂になるとようやく速度を上げ始める。 眼下へと広がる畑や果樹園の光景に、マリーは白くさらさらな髪をはためかせながら「わあ」と声を漏らした。