相変わらず煮え切らない返答だったが、声の出所に明らかな違和感があった。部屋の全方向から、部屋全体に声が響き渡る。マスターが自ら部屋の材と化し、私に話しかけてきているように感じる。壁に触れてみると、むっちりとした感触で、手のひらが少し沈み込んだ。大奥にはこんな部屋もあったと記憶している。今のところ、この部屋は大奥の再現に近い。「やっぱり大奥のことを根に持っていて、同じことをやり返してやろうと思っているんですか?」「大奥じゃない、いやそうなのかもしれないけど」「いい加減はっきり答えてください。 そうでないと、私もそろそろ本気を出してしまいますよ?」「できれば言いたくは無いんだけど……」その時、部屋がどくんと脈打つ。部屋の壁が拍動し、まるで生き物のように蠢き始める。目の前の、左右の、背後の壁が、私に迫ってくる。「あー、そういうことですか。 信じられませんね」全然分かっていないが、とりあえず分かったようなフリをする。少なくとも趣味が悪いことだけははっきりと分かる。血濡れの壁で私を押し潰そうとでもしているのか。マスターの愚かな行いを鼻で笑う。例え柔らかい物でも、力を掛ければそれなりの圧力になる。しかし、身体無き者に対してはその通りではない。どれだけ締め付けても、体が無いのだから、何一つ意味を成さない。そして思い通りにならない私を見て、無様に慌てればいい。ねとりとした壁が、全身に触れる。耳にこびり付いた拍動のリズムで、壁自体も脈打っている。気持ちの悪い柔らかさを保ったまま、私をゆっくりと押し込んでいく。天井が迫り、浮遊していられなくなった私は、その場で適当に寝転がる。ところが、一畳の広さからさらに狭くなったぐらいで、部屋の収縮が止まる。相変わらずどくんどくんと拍動しているが、これ以上壁が迫ってくる様子が無い。横になった体が重力に従い、軽く床に沈み込んでいる。妙に蒸し暑い空間は小さく丸みを帯び、人工物のような規則性は感じ取れなかった。「どう? 苦しくない?」「ええ。 残念でしたね」「良かったあ」声の振動がびりびりと響く。この部屋の正体とマスターの意図について、もはや考えることすら面倒になる。知ったかぶりをした以上、自分からは聞けない。私の心情を知ってか知らずか、答え合わせが行われる。「私のおなかの中、気持ちいい?」「は?」「あ、でも子宮の方だから、溶かされる心配は無いし、うん」「は? 何を言っているんですか? 馬鹿にしているんですか?」「あーもう、やっぱり分かってなかったじゃん……」「い、いいえ、もちろん分かっていましたとも」「私でも異常だって自覚してるから黙ってたのに、カーマちゃんが無理やり……」心理面で優位に立つべく、その場を取り繕うとしたが、もう遅かった。こんなおぞましいことが起こるなんて、予測できる訳が無い。そもそも体の中に取り込むのは、私の専売特許であるはずなのに。部屋が明るく照らされ、本来は赤では無く桜色の空間であったことを知る。壁はすっかり内臓の物と化し、細く張り巡らされた血管がわずかに浮いている。少しだけ生臭い液体がじわりと滲み出て、私にまとわりつく。ここまで本物を再現できているとなると、概念としての強度は非常に強い。「これほどの力、どうしてあの場で発揮しなかったんですか」神を体内に閉じ込められる人間など聞いたことが無い。個人でここまでやれるのならば、大奥では苦戦などしなかったはずだ。私の部屋と言う特殊な条件下ではあるが、これは固有結界の域をも超えている。