はやくはやくと手を引いてくるのは、たぶんイルカの浮き袋で遊びたいのだろう。綺麗な青色をしたビニール袋なのだから、そわそわしてしまうのは仕方ない。「じゃあ、こうして足まで水に浸かってごらん」 プールへ近づくと、まず手本として腰を下ろし、それから足まで水に浸ける。おいでおいでと手を振ると、2人も同じように膝まで水に浸けた。 とぽんと素足が水へ入り込み、少女の眉間へ皺が浮く。「んーっ、けっこー冷たいっ! それにしても透明な水ねぇ。見てちょうだいウリドラ、ぐるーっと一周しているわ」「おお、本当じゃのう。どうやって回り続けておるのやら……。まるで騙し絵のようでもあるな」 ちょうど浮き輪をつけた女の子が目の前を流れゆき、ばいばいとエルフさんは手を小さく振り合う。ただ少し、監視員さんが2人を凝視し過ぎているような気がするなぁ……。まあ、気にしないようにしよう。「こうやって、今度は身体にかけて水へ慣れるんだよ」「ひゃあーーっ、つめたーーい!」 ばしゃばしゃと水を身体につけたら入水準備は完了だ。 先にプールへ入り、両手を差し出すとマリーは僕の手を掴む。そして少しだけ眉を逆立ててから、ざぶりと一息にプールへ飛び込んだ。 つるんと足を滑らせたのか、頭まで水に沈んでしまい慌てて手を引く。すると、おでこへ髪の毛を張り付かせたマリーが現れた。「ぷあっ! ああ、びっくりしたわ。ウリドラ、はやくこっちにイルカちゃんを頂戴」「ふ、ふ、しっかり捕まえるんじゃぞ」 ぽいと放られ、少女はわたわた手を伸ばす。 空気のたくさん詰まった浮き袋を捕まえて、それが嬉しかったのかマリーは綺麗な笑顔を見せてくれた。「泳ぎの前に、浮き袋の遊び方を教えようか。すこし手を開いてごらん」「ええと、こうかしら?」 開いた両脇を手でつかみ、浮き袋の上へ乗せてやる。 水中なので身体はとても軽く、少女はイルカへ上半身を預ける形になる。そして背びれをガシリと掴み、反射的に尾びれを脚で挟むと……。「わ、わ! 乗れちゃった! ぷかぷか浮いて気持ちいいわ!」 そう言ってこちらへ天真爛漫な顔を向けてくるけれど、水色ビキニのお尻が目の前で……ちょっと困るな、このアングルは。ぺったり張り付くと、お尻の線まで見えてしまう。 そして薄手のワンピースは、水に浸かると目にも鮮やかなビキニを浮かび上がらせ、少々僕の頭をのぼせさせてしまう。「どれ、わしも乗せてもらうかのうー」「やっ、やっ、だめだめ! いま揺れたら落ちっ……にゃあっ!」 ざんぶとイルカちゃんはひっくり返り、慌てて救出作業をすることになった。 水に揺れる華奢な手を掴み、そして引き寄せる。水を分けて白い髪が現われると、両手を僕の首に巻きつけてきた。「もうっ、ウリドラっ! あら、ありがとう、一廣さん」 そうお礼を言ってくれたけれど、僕としては困っている最中でもある。 なにしろ水に濡れた素肌から抱きしめられ、こちらは華奢な腰を支えているところだ。すると柔らかく弾むような胸の感触を、いつもより身近に感じられてしまう。 ちゃぷちゃぷ揺れる水面もそうだ。 水は鎖骨へ流れてゆき、水滴に濡れた胸元は眩しいとさえ思う。そんな僕の事情も知らず、少女は顎先をこちらの肩へ乗せてくる。「んー、あったかい。ねえ、はやくウリドラを追いましょう。同じように後ろからひっくり返してあげたいの」「うん、そうしようか。じゃあゆっくり泳ぎながら追いかけよう」 マリーから頷かれ、ようやく開放されたけれど……ほっとしたような残念なような不思議な思いだ。ともあれ少女の両手をつかむと、ゆっくり泳ぎの練習は始まった。