リッツ君の言葉に私も頷く。 リッツ君やアランは、救世の魔典の部屋に施された結界の強さを知っているからこそ、カテリーナ嬢が魔典を奪いに行くという私の読みに対しては、どちらかというと懐疑的だ。 でも、カテリーナ嬢は頻繁に救世の魔典のある部屋に足を踏み入れていた。 その過程で、魔法のセキュリティへの対策を練っていたとしてもおかしくはない。 ただ、今までのみんなの調査では、カテリーナ嬢がなにか、図書館の結界魔法に対して何か対抗策や仕掛けをしているような痕跡は見当たらなかったらしいのだけどね……。 それに、カテリーナ嬢が出入りできる昼間の魔典のある部屋には、常に他の魔法使いがいる状態。そうやすやすカテリーナ嬢も変なことはできないだろうし。 でも、カテリーナ嬢の性格からして、駄目元でアタックとかしそうなところがある。 と思っていたら、ガサガサと繁みが揺れる気配がして、アランが現れた。 着替える時間がなかったらしいアランは、晩餐会の時にきていた銀の刺繍のされた黒い礼装を着たままだけど、どうやらカテリーナ嬢の見張りを終えたらしい。 ということは……。「カテリーナ様が動いたんですね?」 私がそう尋ねるとアランが頷いた。「ああ、カテリーナが晩餐会中に気分が悪くなったと言って、城の個室に入って行った。その部屋で見張りの護衛に晩餐会の時に持ってきた飲み物を振舞って、しばらくして護衛が倒れた。多分、睡眠薬を飲ませたんだと思う」 アランが、そう説明してくれた。 そうか、本当に、とうとう……。 ていうかその前に個室の中の様子までこっそり覗き見ることに成功しているアランのストーカー能力が私怖いんだけど……。どうやってその様子みたの? 忍者なの? あ、いや、今はアランのストーカーレベルに怯えてる場合じゃない。 アランの話を聞く限りカテリーナ嬢がくるのはそろそろだ。「そういえば、倒れた護衛の中に、サロメもいたんだが、そのままで良かったのか?」 アランが、そう確認してくれたので、私はうなずいた。「サロメさんのことは大丈夫です。事前に解毒薬を渡してありますから、サロメさんならうまいこと対処してくれると思います」 私の説明にアランも頷いて、繁みに身を隠した。 それから、皆でしばらく息を殺して目的の人物の到着を待つ。 そろそろだとは思うけれど……と思っていると、静かな暗闇の中で、人の気配を感じた。 そちらに目を向けると、校舎の方から黒いフードにマントを被った何者かが図書館に向かってこそこそと歩いてきているのが見えた。 目深く被ったフードの隙間から、月明かりの下で銀色に光る髪が見える。 あれは……。「カテリーナ様ですね」 私がそう言うと、シャルちゃんが、「え」と言って、私の視線の先を確認して、息を呑んだ。「本当に、カテリーナ様、いらしてしまったんですね……」 シャルちゃんのつぶやきには、驚きと悲しみの響きがあった。 なんだかんだ、私達の思い過ごしなら良いという思いもあったから、シャルちゃんがそう言って悲しむ気持ちはよく分かる。 せめて、相談して欲しかった。 もちろん、相談できる環境じゃないのはわかってる。 でも、私はサロメ嬢が、一生懸命カテリーナ嬢を守るために彼女に接触していたのをしっている。 私の2階にある寮の窓に侵入できるほどの腕前を持っているサロメ嬢は、何度かカテリーナ嬢とも接触を図っていた。 それでもカテリーナ嬢はサロメ嬢にも相談しなかったと聞いた。 そう私に教えてくれた時のサロメ嬢は、とても悲しそうな顔をしていた……。 今日こそは、カテリーナ嬢から話を聞く。 こんな夜にこっそりあんな格好をしている現場を抑えられたら、流石のカテリーナ嬢だってしらを切り通せないだろうし。「いきましょうか」 息を潜めてカテリーナ嬢を見ているみんなに私はそう声をかけるとゆっくりと立ち上がる。 そしてビクビクした様子で、図書館に向かって歩いていくカテリーナ嬢の後ろから声をかけた。「カテリーナ様、こんな夜更けに如何されたんですか?」 私に声をかけられてカテリーナ嬢が、目にみえて焦った様子をでこちらを振り返る。 顔はフードの陰に隠れているけれど、カテリーナ嬢が驚いている顔をしているんだろうなとなんとなくわかった。「な! だれ!?」 と怯えたような声を出すカテリーナ嬢の前に、私とシャルちゃんが立ちふさがると、カテリーナ嬢が息を飲む音がした。「な、なんで皆さんがここに……!?」 そう声をあげるカテリーナ嬢と同時に、一歩後ろにいたリッツ君がマッチをすってランプに火を灯してくれた。 怯えたような顔でこちらを見るカテリーナ嬢の顔があらわになる。「カテリーナ様、こんな夜更けに何処へ行って、何をしようとしているんですか?」 改めてそう尋ねると、カテリーナ嬢が、わかりやすく動揺したように肩を揺らした。「べ、べ、べ、別に、何かをしようだなんて……」 となんだかもごもご言っているけれども、カテリーナ嬢のあせり具合が全てを物語っておりますよ。「カテリーナ様、救世の魔典を取りに行く、つもりなのですか?」 シャルちゃんが心配そうな声でそういうと、さらにカテリーナ嬢が一歩後ろに下がった。