わざわざ作ったなんて知られたら、逆に気を遣わせてしまうかもしれない。なので、あくまで自分用の夜食ということで話を進めるつもりだった。 「勉強が忙しいということでしたが。もう終わりましたか?」 「え? え、ええ、なんとかね」 そういえばそんな口実だったと思い出し、笑ってごまかす。と、「そうですか」とうなずいたリヒャルトがふと視線をめぐらせた。 「なんだか、いい匂いがしますね」 (きっ、きたーっ!) どうやって切り出そうかと思っていたら、彼のほうが気づいてくれた。ミレーユは逸る心を抑えてうなずく。 「あら、気づいた? たまたま作ったのよ、夜食にしようと思って。食べる?」 「ええ。ぜひ」 リヒャルトが笑顔で言った。うまく事が運んだことに内心ぐっと勝利の拳を固め、ミレーユは支度に取りかかった。 塩味の野菜スープ、豆の煮込み、そしてミルク粥。自分が手に入れられる範囲の食材で作った、彼のための献立だ。 「余り物で申し訳ないんだけど……」 「とんでもない。嬉しいですよ。いただきます」 リヒャルトは爽やかに笑い、まずスープを口に運んだ。 「──おいしいです」 「そう? よかったわ。ささっと適当に作ったんだけどねー」 内心胸をなで下ろしながらミレーユは答える。実際はあちこち負傷しながら作った渾身の一作なのだが、もちろんそれは秘密だ。 「あ、でもあなたって確か、味音痴とか言ってたわよね。なんでもおいしく感じるって」 「いくら味音痴でも、あなたの愛がたっぷりこもってることはわかりますよ」 食事を続けながら彼はさらりと言う。その台詞と食べっぷりにミレーユは思わずときめいてしまった。 「あ、愛っていうか、自分のために作った料理だし、そういうのがこもってるかどうかはわかんないんだけどねっ」 知られてはいけないとむきになって言い張るミレーユに、リヒャルトは目線をあげ、無言のまま笑った。そのままじっと見つめてくる彼をミレーユはたじろいで見つめ返す。 (あれ? ばれてるわけじゃないわよね……?) 「ええと……、おかわり、する?」 「いただきます」 なんだか様子が変な気がするが、よくわからない。とりあえず器を受け取り、ミレーユは傍らに置いた鍋に向かったが、ふと思い出して振り向いた。 「そうだ。言おうと思ってたんだけど」 え? と軽く眉をあげたリヒャルトに、いつかフレッドの寝室で聞いたことを思い返しながら続ける。 「確かにあたし、あなたのことを王太子様だから好きになったわけじゃないわ。でも、大公殿下としてのあなたも、すごく尊敬してるわよ?」 彼は少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに何のことかわかったらしい。それきり黙ってしまったので、ミレーユは気にせず鍋の蓋を開けた。 (ふー。気に入ってもらえたみたいで、よかったわ。これで元気をつけてくれたらいいんだけど) 昨夜から準備に忙しくて寝ていないが、それも忘れるくらいの充実感だ。しかしほっとしたことで身体が眠気を思い出してしまったのか、急激に瞼が重くなってきた。慌てて目をこすり、杓子で鍋の中身をかき混ぜていると、ふいに横から杓子を取り上げられた。 「──え?」 驚いて見れば、いつのまにか傍にリヒャルトが立っている。取り上げた杓子を脇へ置いた彼は、きょとんとしているミレーユをいきなり抱きしめた。 「……っ!? なっ、ちょっ……」 「そんなことを急に言うなんて、反則ですね。……このまま俺の部屋まで連れて行こうかな」 なんとも表現しがたい、温かく包み込むような声と吐息が耳元に降り注ぐ。わけがわからず、ミレーユは赤面した。 「けど、あなたの部屋、ここから遠いでしょ?」 「この宮殿の部屋は全部俺の部屋なんですよ。知りませんでしたか?」 「え……そりゃ、そうだけど……」 笑みまじりの声が耳に心地よい。抱きしめる腕のぬくもりが、ミレーユの中に張り詰めていたものを溶かしていくようだ。 「そうだ、部屋のことで話があるんですよ。実は──」 温かな声が呼びかける中、ミレーユの意識はそこでぷつりと切れた。 急にミレーユがくたりと身体を預けてきたので、リヒャルトは驚いて抱え直した。 「ミレーユ?」