それで、師匠はさっきから何をしてるんですかよぃ?」「ん? 決まってるだろう。光闇ノ儀の究明だよ」「あ~、アズ君が使ってたっていう、魔術です?」「あぁ」 トゥースが肯定すると、メルキィから呆れた声が返ってくる。「いや……アズ君に教えてもらえばいいじゃないですかよぃ! あの子ならきっとぽんぽん教えてくれますよぃ?」 そんなメルキィの助言が、トゥースの耳に届く事はない。「はっ! 絶対嫌だねっ!」 噛みつくように言い返すトゥースに、メルキィは肩を竦める。「考証してる時点でお察しですけどねぃ……」「あぁっ? 何か言ったか?」 ボソりと言ったメルキィの言葉も、トゥースは拾う。「まったく、どうしようもない地獄耳だねぃ。それで? 光闇ノ儀を覚えてどうするんですかぃ?」「あぁ? その後は悠久の愚者を覚えるんだよ」 さらっと言った重大な一言に、メルキィが驚愕する。「ちょちょちょっ! 師匠!? 一体どれだけ強くなるつもりですかっ!? それに、あれは滅茶苦茶危険な魔技だってアズ君も言ってたじゃないですかっ!」「アイツに出来て俺様に出来ないはずがねぇ。それに、その二つが出来りゃガスパーだって……」 瞬間、言葉に詰まるトゥース。 メルキィと目が合い、神速で顔を背けるのは、何故か師匠の方だった。「な、何でもねぇよ!」 そして、メルキィは目を三日月型にし、ニタリと師匠を見たのだった。「はっはっはっは……なーんだ、師匠もちゃんと考えてるって事じゃないですか~? うんうん、僕は師匠の愛を最初から知ってましたからねぃ。いや、別にいいんですよ? 師匠なら何だかんだ言って色々成功させちゃうんですしぃ? そうですかそうですか、ガスパーの事もちゃんと考えてるんですねぃ? あの師匠がぁ?」 と、目を瞑りながらふんふん頷きながら言ったところで、メルキィの瞼の裏が更に深く、暗くなる。ちらりと目を開けた時にはもう遅かった。 巨大なエルフの巨大な拳が、メルキィの頭部を的確に捉える。 そして、パカンという音が荒野中に響き渡るのだった。「っっっっっっっ~~~~~~~っ!?」 悶絶しながら脚をバタつかせるメルキィは、ガスパーと違い、身体的に虫の息である。 メルキィが痛がり、転がりながら極東の荒野を横断した頃、ガスパーの意識が戻る。 そして、何度も魔技を試行錯誤しているトゥースに目を向け、言ったのだ。「師匠……何故私なんかのために……?」 身体を起こし、再び正座するガスパー。「ちげーっつーの。俺様は俺様のやりたいようにやってるだけだ。お前ぇのレベルの事なんて、ついでだついで」「師匠の……やりたい事…………?」「そら勿論、あのアズリーをぶっ飛ばす事に決まってるだろうがっ! ははははっ!」 快活な笑みを浮かべ、トゥースは語る。 事実トゥースの優しさは、本人が語るように、メルキィやガスパーが思う程、深いものではなかった。 子供のような無邪気な笑顔を浮かべ、更なる魔を求めるその飽くなき探究心は、ガスパーの瞳を大きく見開かせた。 高揚感をありありと見せつけ、昂ぶらせる感情はいかほどのものか。 愚者と呼ばれるアズリーと、賢者と呼ばれるトゥースの違いは些細なものである。 誰しも求める頂。しかし、その道中で必ず訪れる挫折。 アズリーはただひたすら追い掛け……いつの間にか追い越す愚者。 トゥースはただひたすら走り続け……超えられると確信している賢者。 ガスパーが見上げる賢者の姿――正に威風堂々。 ――――ガスパーはついで。 その言葉が真実だと悟ったガスパーは、深々と溜め息を吐き静かに言った。「まったく……この頑固師匠には、生涯掛けても敵わないな」「あぁっ? 何か言ったか? 観賞用の置物がよぉ?」 当然、極東の賢者は地獄耳。ガスパーの小言に近い言葉は、簡単に拾われてしまう。 真っ赤な口紅、真っ赤なドレス姿のガスパーの顔がヒクつくも、その瞳だけは明るく輝いていたのだった。