「いってらっしゃいませ、ローゼマイン様。お早いお戻りをお待ちしています」 神殿に着いて、騎獣を下りると見えたのは神殿の側仕え達の驚き顔だった。一斉に息を呑んで、わたしを凝視している。異端な物を見る拒絶の目でもなく、事情があることを理解していて黙って受けてくれている貴族の側近達とも違う。どちらかといえばハルトムートの言葉を素直に信じていたメルヒオールに近い目だ。 ……あぅ、絶対に洗脳されてる気がする。「ただいま戻りました」「……おかえりなさいませ、ローゼマイン様。ハルトムート様から伺っていましたが、神々の祝福によって本当に大きく美しく成長されたのですね」 モニカにキラキラとした目で見つめられて、否定することができずに口籠る。ハルトムートが鬱陶しい程に毎日のようにわたしの無事と魔力的な成長について語っていたから、拒絶的な反応が少なく、皆に受け入れられていることはわかっているのだ。語っていた内容と熱の籠りようは気持ち悪いと周囲から思われていたようだけれど、わたしが普通の生活に戻れたのはハルトムートのおかげなのである。「ずっと幼い姿を見ていましたから驚きましたが、ローゼマイン様の成長はとても喜ばしく存じます」「私が知る中でローゼマイン様が一番美しいです」 フランとギルは最初からわたしに仕えてくれていた二人だ。穏やかに微笑んでわたしの成長を喜んでくれるフランと、ちょっと照れた顔で拳を握って褒めてくれるギルに思わず笑みが零れる。「皆が喜んでくれて、わたくしも嬉しいです」 ギルやフリッツに城からの荷物を運んでもらい、神殿長室に戻りながらフランとザームに明日の予定や専属達の行動について連絡をする。「冬の成人式が間近ですが、儀式用の衣装は整えられますか? それとも、メルヒオール様に神事をお願いしますか?」「成長しても着られるように誂えたので、儀式用の衣装は問題ありません。普段着のお直しが終わるまでは、儀式用の衣装を着る以外どうしようもないのが難点ですね。明日、城で採寸と衣装の注文を行うので、話を通しておきます。ギルベルタ商会にお直しに出しておいてくださいませ」 城で採寸をするのだから、それに合わせて神殿の普段着も直してくれるはずだ。「明日にはお城で予定がおありなのですよね? では、今日は一体どのような用件で神殿へ戻られたのですか?」「聖典の鍵を調べるためです。少し新事実が発覚したので、調べ直す必要が出てきました」 わたしは神殿長室に戻ると、ニコラの入れてくれたお茶を飲みつつ、フランが聖典の鍵を出してくれるのを待つ。その間にダームエルとアンゲリカに指示を出した。「ダームエル、アンゲリカ。悪いけれど、下町の門を全て回って、銀の布をまとって街に入ってくる者がいないか、よくよく注意するように兵士達に伝えてくれるかしら? そして、発見した時は決して騒がずに、すぐに騎士団へ連絡するようにしてほしいのです。相手は高位の貴族の可能性が高いので、決してその場で捕らえる必要はありません」「はっ!」 ダームエルとアンゲリカはすぐに背を向けて退室していき、銀の布というところに反応したマティアスが「ローゼマイン様、それは……」と呟きながらわたしの方を見た。銀の布が発見されたのは、ギーベ・ゲルラッハの夏の館だ。ならば、銀の布が示す人物を推測するのは簡単だろう。「魔力持ちの不審人物がこっそりと侵入してくる可能性があるのです。わたくしが戻る前日に春を寿ぐ宴が終わったのでしょう? ならば、そろそろ雪が解けますから、馬車に対する警戒が必要になります」 マティアスはスタスタとわたしの前に進み出ると跪き、両手を胸の前で交差する。「ローゼマイン様、私をゲルラッハへ行かせてください。ボニファティウス様と調査に向かった時、領地内にいくつか魔術具を隠してある小屋を発見しました。開けたらわかるようにボニファティウス様が罠を仕掛けています。確認に行かせてください」「おじい様に尋ねてみましょう。行くとしても、騎士団の者と一緒ですよ」 わたしはおじい様に「マティアスがゲルラッハへ罠の確認に行きたいと言っています」とオルドナンツを飛ばした。おじい様は養父様やお父様とエーレンフェストの防衛計画の練り直しに忙しいだろうと思うけれど、騎士団から誰か出してくれるだろう。