六、壊れたもの「ごめん、よく聞こえなかった」「ローズ、俺と結婚して!」「嫌」 アランがぽかんと口を開けたまま、唖然とした表情を浮かべている。何か変なことを言っただろうか。いや、言ってない。「空耳か……」「空耳じゃないよ」「お前、俺のこと好きだよね?」「好きだよ」「じゃあ……!」「友人として」「……はぁ? 何言ってんの!? あいつか? レアンドルのせいか!」 アランが逆上したように肩をいからせて詰め寄ってきた。なぜここでレアンドルさんが出てくるんだ。「何言ってんの。レアンドルさんは関係ないでしょ?」「浮気すんなって言ったローズが浮気してこれ!? 俺たち恋人同士だよね!?」「そんなのとっくの昔に別れてるじゃん」「え……」 どうやらアランは理解が追いつかないようで、言葉を詰まらせた。以前からどうも噛み合わないと思っていたけれど、どうやらお互いの気持ちに齟齬があるみたいだ。この際はっきりさせておこう。「前にあんたがアリスとイチャついてたときに、私言ったよ。ちなみにあんたの家の執事さんが証人だから」「なんて……?」「『もう終わりだね。あんたのこと好きだった。でももう幼馴染に戻るね』って。そしたらあんた、『うん、じゃあね』って了承したじゃん」「そんなの聞いてない……」 あのときのアランは目の前のアリスに夢中だったもんね!「イチャイチャに夢中だったから気付かなかったんじゃない? そもそも三年も前の話だし、結局アランとつきあってたのって一週間にも満たないし」「嘘だ……」「嘘じゃないよ。大体あんたが浮気しないからって言ったんだよ。しかもあんたがその約束を持ち出すなんて、自分で地雷踏んでどうするの。約束を破ったのはあんただけだから」「あんなの本気じゃないから浮気じゃない。いつだって本当に好きなのはお前だけだ」 カチンときた。本当に好きなのはお前だけ? それって、それなりに好きな女の子が他にいるから出てくる言葉だよね。 やっぱりアランのことは一生理解できない。「私はね、私のことだけを見てくれて、私のことだけを大切に思ってくれる人じゃないと駄目なの。誰にでも優しい人は嫌なの。そんな人はどんなに好きでも受け入れられないの」「それならそうと最初からっ……!」「最初に言ったよね。『浮気したらすぐに別れる』って。本気じゃないから浮気じゃないって? 馬鹿じゃない? あんたとアリスが仲よくしてるのを見て、どれだけ悲しかったと思ってるの? ずっとあんたを信じてたから、心が壊れそうだった」「そんな……。俺はただ、お前が好きでいてくれるって実感が欲しかったから……」 声を荒げながら告げた私に、アランが愕然としながら呟いた。こっちはあのときのことなんて思い出したくもないのに。「へぇ、私はあんたの自己満足のために泣かされて傷つけられたんだ……。あんたが愛してるのは自分のことだけなんじゃないの?」「違う! 自信がなかったんだよ。お前が本当に俺を好きなのか」「……ちゃんと恋してたよ。アリスのときに粉々に砕け散ったから、初恋の欠片は一つ残らずお墓に埋めた。あのときに全部終わったの」「俺はお前に嫉妬してもらうために……」 女の子と仲良くしたのを全部私のせいみたいに言っているけど、アラン自身も楽しんでたのを私は知っている。元々女の子が好きなことも。「だったら無駄だったね。アランは私にとってあのときから友だちでしかない」「そんなこと言わないで! ねえ、ローズ。もう一度チャンスをくれよ。今度こそ、絶対に、悲しませるようなことはしないから」 アランが懸命に訴えてくる。きっと本心からの言葉だろう。……今は。 だけど、私の恋心はあのときに砕け散って永遠になくなった。一度死んだものは生き返らない。同じように、アランに対する恋心が蘇ることはないと断言できる。「ねえ、アラン。今までいろいろ間違ったかもしれないけど、これから間違えなければいいんだよ。私はもう無理だけど、きっとこの先またアランの大切な人が現れる。そのときに間違えないようにするための勉強だったんだよ」「そんなの駄目だ。幼いころからローズだけを見てたんだ。側にいた女は全部お前に振り向いてもらうための手段でしかない。これからだって他に好きな子なんて絶対できない。俺はローズじゃないと駄目なんだよ!」 アランが目にいっぱいの涙を溜めて切実に訴えてくる。きっと嘘はないんだろう。どう言ったら分かってもらえるだろう。「それは都合がいいんじゃないですか?」 中庭で話していた私たちの会話に突然別の声が割り込んできた。やってきたのはレアンドルさんだった。