親分と別れてからなんだか、頭が回らない。 コウお母さんに引っ張られるような感じで、セキさん達と合流して、コウお母さんが事情を説明して、改めてアズールさんの傷の具合を確認したりしていた。 今、リュウキさんやグローリア奥様は、アレク親分の置き土産である神殺しの剣を調べてくれている。 傷は魔法で治したけれど、まだ気を失っているアズールさんは近くに簡単なテントを立てて、そこに寝かせた。 私とコウお母さんは、親分が燃やしてくれた魔物の火の番。 とても大きな魔物で、燃え尽きるのに時間がかかる。しかもグローリアさんが魔法で火の威力を上げようとしても、この魔物にはあまり効果がないようで、自然に燃え尽きるのを待つしかなかった。 私は魔物が燃えていくのを見守りながら、コウお母さんのことを考えていた。 だって、あんなことがあったのに、コウお母さんは、驚くほどに普通だった。 横にいるコウお母さんをチラッと盗み見る。 普段通りのコウお母さん、に見える。 さっきまで、ここに親分がいたのに……。 私の視線に気づいたコウお母さんが、こちらをみて微笑んだ。「リョウちゃん、どうしたの?」 その声もいつも通り。「コウお母さん、 なんでそんなに普通でいられるんですか? だって、親分、だったんですよ?」 震えそうな声でそう声をかけると、コウお母さんは、私の頭を撫でた。「もちろん、驚いたけど、いつものことよ。アレクのやることにいちいち驚いてたら、キリがないわよ」 そう答えてくれたコウお母さんは、いつも通りの優しい声。 でも、納得できない。 それとも、もやもやしているのは私だけなのかな? だって、親分、だよ。 私とコウお母さんの大好きな、親分だったんだよ! あの時、すぐ近くにいて、そして、神殺しの剣を持っていた……。「あの……!」 と、私が何か言おうとしてコウお母さんを見上げると、その向こうからセキさんがやってくるのが見えて、口をつぐむ。「リョウ君、ちょっと来てくれないか? アズール君の目が覚めて、話したいことがあるそうだ」 セキさんにそう言われて、私は視線をコウお母さんからセキさんに移し、そしてその向こうのテントに向けた。 アズールさん、意識が戻ったんだ。傷は魔法で治したけれど、意識はまだ手放したままだったので、テントで横になってもらっていた。 目が覚めて、良かった……。 それにしてもアズールさんの、話したいことってなると、まあ、あのことだよね。ルビーフォルンの騎士になってくれるかどうか。 このタイミングで話ってことは、ダメだったかな。さっきなんて死にそうになったところだし、こんな領地いたくない! とか言われそうである。「リョウちゃん、火の番なら私がするからいってらっしゃい」 私が、少し躊躇したのを火の番を抜けるからだと思ったらしいコウお母さんが、そう声をかけて、ウインクしてくる。 私は、そのウインクに思わず頬が緩んだ。本当に、コウお母さんはいつも通りだ。 いや、多分、コウお母さんは、いつも通りでいようとしてくれてるんだ。 私も、ずっと動揺したままじゃだめだ……。 それにこれからアズールさんとの話し合いだし。 しゃっきりしないと! 私は小さく頷いてから、コウお母さんを見て、わかりましたと返事をした。 そしてアズールさんを寝かせているテントに向かう。 テントの中に入ると、アズールさんの後ろ姿。 アズールさんが、こちらに背を向けて正座をして待っていた。 わ、寝て待ってくれて良かったのに。 いつも後ろにポニーテールでまとめているアズールさんの青みがかった黒髪が、今は縛られることなく流れている。「アズールさん、リョウです。もうお体大丈夫なんですか?」 私がそう声をかけると、アズールさんが振り返った。「はい、少しくらくらしますが、傷もふさがってます。リョウ殿のおかげであります。逆にすみません、リョウ殿。なんだかお呼び立てしてしまって」 そう言って、こちらに体ごと向けたアズールさんは、頭を下げた。「いえいえ、病み上がりですから。元気そうでよかった。ところで、お話があるって聞いたのですが……ルビーフォルンの騎士になってくれるかどうか、のことですよね?」「はい、でもその前に一つ確認したいことがあります」 そう言って、アズールさんは真剣な顔で私のことを見た。「な、何でしょうか?」「どうしてリョウ殿は、あの時、私が馬から放り出されたとき、自らも降りて私を救おうとしたのでありますか?」「え……だって、あのままだとアズールさん危なかったですし」 私がなんでそんなわかりきったことを聞くのだろうと思いながらもそう答えると、アズールさんは、突然床に額をつけてきた。「リョウ殿が、私をお許しいただけるなら、私をリョウ殿の騎士にして欲しいと思っています!」 なんかものすごい勢いで、そう言われて、一瞬のみこめなかった。 え? ルビーフォルンに残ってくれるっていったの? 予想外の返答に、ちょっと戸惑う。「いや、許すも何も、私がお願いしていたことですし、ありがたいですけれど、本当にいいんですか? その、そうなると王都にはなかなか戻れませんよ?」 念を押してそう尋ねる。「かまわないであります。むしろ、私のことは死んだことにしてください。おそらく父は私がルビーフォルンの騎士になることを許さない。場合によっては間諜などを送って私をルビーフォルンから引き離そうとするかもしれない。だから、このぼろぼろの私の血のついた鎧を送って、私を死んだことにしてください。そうすれば父もあきらめがつくでしょう」 アズールさんの申し入れに思わず目を見開いた。 だって、そんな、さすがにそこまでは……!「そんなこと! 何も私は、一生ご家族に会うなとまではいってないですし……」 欲を言えば言いたかったけれど、さすがにそこまでは言えないみたいな良心はあったのだけれども……!