ミレーユが知らないだけで、他にもこんなことが何度もあったのだ。そうして一つずつ謀略を調べ、つぶしていっているのだろう。 と、イゼルスがおもむろに立ち上がり、鉄格子の傍へと歩いて行った。向こう側からも足音が近づいてきたと思ったら、牢番が一人、走ってきたところだった。 「副長、すいません! 遅くなりました」 牢番は早口で言いながらガチャガチャと鍵を開け始める。一瞬驚いたミレーユも、彼がジャックに送り込まれた味方なのだとすぐに気がついた。 「もう味方が?」 「ここまで計算通りだ。そんなに大きな事件じゃないからすぐ片付く予定だったんだが」 その言葉にミレーユはどきりとする。自分がいたせいで彼らの仕事に支障が出てしまったのだとわかったからだ。 (確かに、ルドヴィックさんの言うとおりよね。前代未聞だわ、こんなの) 面白半分に首を突っ込んだわけではないとはいえ、少しへこんでしまう。 開かれた鉄格子の扉から、囚われていた騎士たちが次々と出ていく。続こうとしたミレーユはイゼルスに引き留められた。 「途中で戦闘が始まる可能性がある。その時は隅にさがって他の者の陰に隠れていろ。絶対に前に出るな」 「は、はいっ」 「──巻き込んですまなかったな、ミシェル」 肩に手を置きながらそう付け加えると、「いくぞ」と言って彼は牢屋の扉をくぐっていった。 葬礼の儀当日まで、喪主は棺の傍で過ごすのが慣例となっている。今回の場合は八年を経ての儀式であり、棺はすでに埋葬されているため、リヒャルトは墓園の廟館にこもってその役目を果たしていた。 本来ならば一人きりで務める役目だが、フィデリオが自分も参加したいと申し出たため、二人で務めることになった。 「しかし、早いもんだよな。あれから八年も経つなんてさ」 先代大公夫妻の墓碑がある部屋で並んで窓辺に寄りかかりながら、二人は亡くなった一族のことを振り返っていた。 「いまだにわかんないんだよ、俺。なんであんなことが起こりえたのか。普通はあれだけ大がかりな謀反を起こそうとしたら、どこからか漏れたり崩れたりするもんだろうに。オズワルドってのはよっぽど求心力のあるやつだったのかね」 「今でも牢獄から出そうと企む支持者が次々に出てくるところを見ると、何か惹きつけるものがあるんだろう。俺には理解できないが」 ふうん、とフィデリオが相槌を打つ。気のない声だったが、墓碑を見つめる瞳は神妙だった。 「うちの父上はある意味幸運だったのかもなぁ。病気で若死にはしたけど、あの一件には巻き込まれなくて済んだわけだし」 本心からの言葉かどうかはわからないが、そう言った彼の声は明るかった。ふと思い出してリヒャルトは彼の横顔を見やる。 「伯母上の墓は本当に作らなくてよかったのか? 伯父上の隣は空けているが」 「ああ……」 フィデリオは曖昧につぶやき、ため息まじりに前髪をかきあげた。 「……いいんだよ。あっちで再婚して向こうの墓に入ってるんだから。もうリゼランドの土に還ってるよ」 八年前、一緒に亡命した彼の母親は、リゼランドで縁あって再婚したという。フィデリオがあまり詳細を話したがらないところをみると、複雑な思いがあるようだった。 「──そうだ。リゼランドといえば意外な人とシアランで会ったんだよ。例の、シャルロット・ド・グレンデル!」 ふいに彼が身を乗り出してきて、ミレーユから聞いた話を思い出したリヒャルトは素知らぬ顔でそれを聞いた。 「まさか。シアランにいるわけがないだろう。よく似た別人じゃないか?」 「まあ、な。俺もそう思ったんだけど……やっぱりちょっと気になるんだよなぁ」 「何が」 「そのシャルロット嬢のそっくりさんを連れてきたのが、第五師団のミシェルっていう騎士なんだよ。あの子、ひょっとして何か知ってんじゃないかな。おまえ聞いてないの?」 「なぜ俺が?」 眉を寄せて訊きかえすと、フィデリオは冷やかすような表情になって見返してきた。 「とぼけんなって。知ってるだろ、ミシェルだぞ?」 「第五師団のミシェルは当然知っているが、個人的な話をするような間柄じゃない」 なぜこんなことを訊くのだろうと不審に思いつつもリヒャルトが言うと、フィデリオは少々不満げに鼻を鳴らした。 「ああそう。んじゃいいんだな。俺があの子に何したって」 「……どういう意味だ?」 「俺にキスされた──って、ほんとに聞いてないのか」 その言葉を理解するまでに、少しかかった。 顔を見つめたまま絶句したリヒャルトに、フィデリオは真面目な顔になって繰り返した。 「ミシェルにキスしたんだよ」 今度はすっと頭に入ってきた。と同時に、様子のおかしかったミレーユのことを思い出す。 食事もとらずに部屋に閉じこもっていた。顔を見ようとするとやけに嫌がって、怯えたような素振りをしていたのを不思議に思っていたのだが──そういうことだったのか。 そう気づいた瞬間、無意識のうちに彼の胸倉をつかんでいた。 「──今、なんて言った?」 わかりきっているのに、もう一度問い詰めずにはいられなかった。 一瞬驚いた顔をしたフィデリオが、ふんと鼻で笑う。 「最初からそういう反応をしろよ。回りくどいやつだな」 「いいから答えろ」