翌日。 アザミは朝からアイシクルを訪れていた。 そして、適当に入った宿屋が一泊4000CLもした事実を半泣きになりながら報告する。 これはぼったくられているのではないか、と主張するアザミを、アイスは「そんなものよ」と一蹴した。 どうやら、刀八ノ国と王都ヴィンストンの物価は大きく違うらしい。そんなことを今になって学んでいるアザミに対し、アイスの心配は増す一方であった。 そこへ、招かれざる客がやってくる……。「――お邪魔しま~す」 ドアを開けて入ってきたのは、カッチリとした恰好をした若い男たちだった。 先頭の男の挨拶を皮切りに、ぞろぞろと入店する。その数五人。どうやら、ただの客ではなさそうであった。「な、何よあんたたち……! また出てけって言いに来たわけ!? ふざけないで! 何度言われようとうちの店はっ!」「まあまあ落ち着いて。君たち親子がここを出ていかないことは百も承知ですよ」「だったらなんの用よ!」「あれ、おかしいなあ。ここは食料品店でしょう? 食料品を買いに来たに決まっているじゃありませんか」「……っ……!」 途端に、アイスは敵意を剥き出しにした。 男たちは薄ら笑いを浮かべながら、店内を物色する。「お知り合い?」 ただごとではないとわかりながら、アザミは一言アイスに質問した。その落ち着き払った声に、アイスはなんとか平静を取り戻す。「……隣の酒場の差し金よ。うちの両隣の土地を買って、うちの土地も狙ってるみたいだわ。でもね、いくら積まれてもあたしたちは出ていかない。あたしは誇りを持ってこの店をやってるの。その気持ちはママも同じ。誇りを売ってまでお金は欲しくない」 小さな声の、悲痛な叫びだった。 しかし、アザミがアイスを尊敬するには十分な声であった。 彼女は、母と二人きりで、この食料品店を護っているのだ。大勢の男たちを相手に、一歩たりとも退くことなく。「連中、違法賭博で儲けてるって噂があるわ。いいえ、証拠もある。誇りを忘れた最低な行為よ……絶対に許せない。私は、この街が、この街の誇り高き人たちが好きなの。だから尚更許せないの。意地でも退くもんですか。あたしは最後まで誇りを持って抵抗するわ。どんな嫌がらせを受けようとね……っ」 その細い体を震わせて、アイスは男たちを睨みつける。 ――アザミは、思わず拍手を贈りたくなった。彼女のその誇りある覚悟を、街の人々に大声で伝えて回りたくなった。 だが、アザミが感動を覚えたアイスの高潔さなど、誇りを捨てた男たちにはわかるはずもない。「おいおい! 見ろよこの肉、腐ってるぜ!」「くせぇ! 酷い臭いだ!」「こっちの豆なんか、虫が湧いてるぞ!」「オェッ! 吐き気がしてきた!」「最悪な店だな! 二度と来るか!」 わざと店の外にまで聞こえるような大声で、ありもしないことを喚き散らす。 男たちはいやらしく笑っていた。「困るだろう?」と、アイスにそのような視線さえ送る。「営業妨害よ! 帰って! 騎士団を呼ぶわよ!」「おー怖! この店は店番の女もヒステリーときた」「俺たちは事実を言っているだけなのになぁ?」「うるさい! うるさいっ! 出ていけ! 出ていけーっ!!」 アイスはぎゅっと拳を握りしめ、目に涙を溜めながら、力いっぱい叫ぶ。 ……すると、男たちは一斉に真顔に戻り、どすの利いた声でこう言った。「また来るからな」