87「面白い。ならば見せてもらおうか!期待を裏切るなよ、ジークルーネ!」吼えるとともに、シバは大きく足を踏み出しジークルーネの間合いを侵食する当然、迎撃の刃が飛んでくる「ぬるいっー」失意とも怒りともとれる声とともに、シバは自らの刀でそれを弾き返す。両手でさえジークルーネはシバにカ負けしているのだ。それが片手、しかも利き腕じゃないほうとくれば、鎧袖一触である。すかさずこちらの攻撃に移ろうとしたところで、「むつ!」続いて右の刃が襲ってくるそれを防ぐも、今度はまた左。次々と間断なく畳み掛けられ、シバは防ぐので手一杯になる一撃一撃は確かに軽い。そよ風のようなものである 88とは言え、その風は研ぎ澄まされた鉄で出来ている鉄の刃があれば、人を殺すのに力はいらぬたとえ子供のカでも心臓を突けば、どんな豪傑とて生きてはいられないだろう。シハもその例外ではない。ひるがえってジークルーネはエインヘリアルであり、実際にその一撃に込められた膂カは片手とは言え一般兵士たちのそれをゆうゆう凌駕するしかもその手に持つは切れ味抜群の日本刀だ。一撃でもまともに身体に受ければ、腕だろうと首だろうと一撃で斬り落とすに違いない。「はああああっ!」「くおおおおっ!」ジークルーネの竜巻のごとき猛攻に、この戦いが始まって初めて、シバの顔から余裕が消え険しさが生まれる神速状態から繰り出される二刀であるその攻撃速度は、シバの技量をもってしても防ぐだけで精一杯であった。 (なるほどな。防御を捨て攻撃に全てを賭けたか)覚悟を決め、捨て身になったからこそできる攻撃だった。 89攻撃速度において完全にシバを上回っている左手での攻撃が利き腕でないからか若干甘く、なんとかそれで助かっているようなものだ (はははつ、これか。これが俺の全力か!)本気を出してなお、凌駕される実に一〇年ぶりの感覚であった。まご、つことなき危機追い詰められた状況。それでもシバの心を占めるのは途方もない歓喜だった。確かに苦しい。きつい。悔しい。怖い。恐ろしい。だが、それこそが彼がこの一〇年、求め続けてきたものである全力を尽くし、それでも容易には勝てぬそれがいいのだ。そんな強敵だからこそ、自らの力を限界以上に引き出せる自分も知らない新しい自分に出会える。 90今の自分に満足したことなど一度たりとてない。シバが求めるのは常にさらなる高みのみなのだから。「ぐうつー」プシュッー激しい打ち合いのさなか、ついにシバの頬がサックリと裂ける。領域内にいる時に手傷を負わされたのは、会得以来初めてのことであった。ははつだが、シバはわずかも臆した様子もなく、むしろ戦鬼のごとき凄絶な笑みさえ浮かべて、一気に踏み込む。もはやジークルーネを格下とは露ほども思わない。この相手はさすがに無傷で勝つのは難しい。だからこそ、極限まで引きつけたのだ。痕が残りそうなけっこうな深手ではあるが、所詮は頬、戦闘には支障はない。そしてそこまで引きつけたがゆえに、(もらったっ!)攻撃を割り込ませるわずかな隙が生まれていた。