「じっと、しててね……ひうっ……目が回りそうっ……」 妖精のように可愛らしい子から、両腕と太ももから挟まれると恥ずかしいものがある。 けれどこのようにびくびくしている様子も可愛らしいかな。いつも気丈なものだから……あれ、どうなのだろう。映画を一緒に見ていると感情豊かだと思わされるし、最近は甘えられる事が多いから分からなくなって来たな。 しかしどうして怖がるんのだろう。 はやぶさは速度をあげても車体が安定しており、揺れるようなことはあまり無い。 ぽんぽんと背中を叩いているうち、ようやくその原因が分かった。恐らくは窓の外の景色があまりに早く、少女は怖くなったのだろう。ぎゅうと瞳を閉じるとともに、少しだけ落ち着くのを見てそう思った。 ようやく腕の力は弱められ、安堵の息と共に見上げてくる。しかし顔色はまだ青いようだ。「ごめんなさいね、邪魔をしてしまって……すこし平気になったわ」「やあ、あったかいね。けれどもう少し近くのほうが嬉しいかな」 え?という呟きを気にせず、身を離そうとする少女を抱き寄せる。 そしていつも少女を寝かしつけていた位置、胸のなかへと抱えると「人前だから」と恥ずかしげな声が聞こえてきた。「青森は冷えるらしいからちょうど良いかもしれないよ」「もう、馬鹿ね……」 最初こそ困った顔をしていたが、やがて諦めたらしく身を預けてきた。のしりと彼女からの体重を覚え、もう少し深く抱き寄せる。 そうして華奢な背中をぽんぽんと叩いているうち、寝息に近しい呼吸へと戻るのを感じた。「……知ってるわ。こういうとき、あなたはすごく頑固になるの。それであっという間に元気にしてしまうのよ。私は人間嫌いで有名だったというのに」 そのように拗ねるような声が胸のなかから聞こえた。 彼女が大の人間嫌いだったことは僕も知っている。けれどその声は、どこか詫びるような響きがあると感じさせた。「もちろん知っているよ。出会ってすぐ僕は粉みじんにされたからね。こりたから、まずはこうして捕まえることにしたんだ」「あら、私は捕まっていたのね。汚らしい人間さん、私、あなたの匂いが好き。だから捕まっていたことにさえ気づけないの」 うとりと薄紫色の瞳は閉じられてゆく。 心音に揺られ、それへ耳を澄ませているうち睡魔が近づいているだろう。先ほどの言葉は眠りにつこうとしている時だから言えたのかもしれない。 やがてずりずりと少女の腕は落ちてゆき、安らかな眠りのなかへと沈んだ。 僕は寝顔を見るのも好きかもしれない。 などと備品のブランケットをふさりとかけながら思う。それだけでなく、たぶん何の不安もなく過ごしている表情が好きなのだろう。 と、かりかりとカゴを引っかく音が聞こえた。足元を覗き込むと黒猫はこちらを見つめており、その不満げな表情は殺風景な場所へ文句を言っているかのようだ。 ――まあ、多少なら許してくれるかな。 そう思いカゴの蓋を開くと、するりと黒猫はブランケットの中へと潜り込む。膝の上へと登る気配があり、どうやらそこを寝床に選んだらしい。ぐるぐると回り、やがてぽすんとブランケットは沈む。 その光景を見て、僕はひっそりと囁いた。「おやすみ、二人とも。起きたら青森ですからね」 にう、という小さな鳴き声はまるで人が返事をしたようだ。 ふかふかの毛並みを撫でながら、新幹線はゴウとトンネルへ突入した。