赤帝牛との対峙 腕を組み、正面奥に立つアズリーを前に静かに目を瞑っているリーリア。 対してアズリーは人差し指を目の下にもっていき、「あっかんべー」と呟く。「なーにやってるんですか、マスター!」 通路から追い付き、すこーんと主の頭を叩くポチ。「おう、何か全然反応しないし、目を閉じてるからちょっとやってみただけだ。ていうか痛ぇよ!」「気のせいです! 気のせい!」 ぷいとそっぽを向くポチの後頭部を、自身の後頭部を押さえながら眺めるアズリー。(空元気……って訳じゃなさそうだけど、弱気なところはそのままだろうからなぁ。この勝負は大丈夫にしても、この先は不安要素の一つになるかもしれないな) ポチの心を覗いたかのようにアズリーは推察した。 今まで無事だった二人だが、これから先訪れる敵は全て過去の敵以下という事はほぼないだろう。 種族改変で宿ったポチの天獣としての力。 前へ前へ進む事で開花したアズリーの聖戦士としての力。 二人がどんなに力を付けようとも、根本が変わるという事はないだろう。 主に対する忠誠心は最上。なれど、ポチの身体が動かぬ時もあるかもしれない。 アズリーは、心の隅にその考えを置きコロシアム内を見据えた。「リーリアの使い魔、赤帝牛! ポーアの使い魔、シロ! 前へ!」 審判の声が拡声魔法を通して響き渡る。「……行ってきます!」「気楽にやれ!」「頑張れ」という言葉をあえて選ばなかったアズリー。 掛ける言葉は声援だが、その言葉を選びたくなかったのだ。 そう、アズリーは知っていた。(既に頑張ってるヤツにそんな事言えないよなぁ……) 自分の体躯の四、五倍はあろう赤帝牛を見上げるポチ。「宜しくお願いします!」 見据えるように、また、睨むようにポチは強い視線を赤帝牛に送った。「ふんっ!」 返ってきたのは荒い鼻息だけ。 しかし、ポチはその鼻息を聞いて主の方を向いた。目を輝かせながら。「マスターマスター! あぁいうの私もやってみたいですー!」「うるせぇ! そんな威厳はないだろう、お前!」「そんな事ありません! 私の威厳は天よりも高く! そして、天よりも低いのです!」「プラスマイナスゼロだそれ! 皆無じゃねーか!」「しゅ、集中!」 アズリーの野次とも取れる突っ込みを審判が制する。 再び睨み合うポチと赤帝牛。 次第に客席からのざわめきも静かになり、使い魔杯の決勝という大舞台を前に固唾を呑む人々。 ほんの一時、訪れた沈黙を待っていたかのように審判が叫ぶ。「始めぃっ!!」「むきぃいいいいいいいっ!!」 アズリーがポチの瞬間的な巨大化の声を聞き、(猿かお前は!)と心の中で突っ込みを入れた時、正面の巨体から大地を揺るがすような雄叫びが轟いた。「グモォオオオオオオオオオオオッッ!!」 身体から噴き出る淡い土色の光が二つ。それは、赤帝牛が金剛力と金剛体を発動した証だった。 ポチはこの間に後方へ跳びながら浮身を発動させた。しかし――――、「っ!? くわぁああっ!?」 巨大化したポチよりも一回り大きい赤帝牛の突撃。 その衝突を真っ向から受けてしまったポチが、更に後方へ吹き飛ばされる。「くんぬぅ!」 宙で身体を捻り、コロシアムの壁に着地したポチは、更なる恐怖を身体に浴びる。(嘘だろっ!? 勢いを殺さず、そのまま駆け抜けて来る……!)「と、跳べぇシロ!」「てい!」 間一髪でポチは直撃を免れた。しかし、赤帝牛の鋭い角が触れ、ポチの首元は赤く染まってしまった。 ずん、という凄まじい衝撃音を発しながら壁にめり込んだ赤帝牛。「大丈夫かシロ!?」「掠り傷です! 嘘ですけど! ふんぬ!」 次にポチが青い光を発しながら発動したのは神速。「変な冗談は入れなくていい! この隙に時間のかかる魔法を先に使え!」「れれれおれ! スピードアップ!」 ポチが自己強化で優先的に施したのは速度。 それさえ出来てしまえば、赤帝牛から逃れながらも自己強化に専念出来る。ポチはそう判断したのだ。 だが、壁に埋もれていたはずの赤帝牛は、そこから跳ね返るようにポチの懐へ潜り込んだ。