叡将ムラッティ・トリコローリ。彼は、今日という日を死ぬほど楽しみにしていた。 更なる【魔術】の深淵を覗けるような気がしてならなかったのだ。 そして、2日前――それは確信に変わった。 3つのタイトル戦に出場する異常な男セカンド・ファーステスト。彼が一閃座を獲得したのだ。それも、圧倒的というのも烏滸がましいほどの実力を見せつけて。 絶対に、自分がまだ知らないことを知っている! そう考えたムラッティは大いに興奮した。叡将戦を待たずして今すぐにでも話を聞きに行きたいくらいであった。しかし、生来のコミュニケーション障害がたたって、行動に移せない。 翌日、エキシビションを見たムラッティは、更なる興奮に身を焦がした。もう絶対に絶対に面白い話が聞ける。それが分かっているのに、その無駄にふくよかな体は動かなかった。気持ち悪がられるだろうな、とか。上手く喋れないに決まってる、とか。どうせ明日会うんだしいいか、とか。いざ行動しようとなると、言い訳ばかりが浮かんだ。 彼は出不精なデブであった。幼少期から三十年以上部屋に引きこもって、大好きな【魔術】ばかりをひたすら研究していたのだ。そうなるに決まっていた。唯一まともに話せる相手は、従兄弟のサロッティくらいなもの。彼の幼馴染であり、同じヲタク仲間の男である。 そんな彼も、【魔術】に関することとなると非常にアクティブであった。経験値稼ぎ然り、新たな【魔術】の習得然り、魔物特有の【魔術】の調査然り、頻繁に独りで外へと出ていく。ただ、そこに他人が加わるとなると話は別。彼は他人が怖かった。 誰とも会おうとせず、誰とも話そうとしない。付いた二つ名は「孤高の叡将」――彼にとっては不名誉なものであった。 そんな彼が、今日、何年ぶりか、勇気を出そうとしている。 なけなしの勇気の種火へと必死に燃料を注ぎ、その巨体を何とか動かそうとしている。「がんばれがんばれムラ様! 負けるな負けるなムラ様!」 友の声援を背に受けて、いざ、叡将戦へ――。