さて、バス停を降りれば頼れるのは己の足だけになる。 とはいえ車どおりもほとんど無く、農地としてひらけているぶん道はまっすぐだ。畑地のあいだには民家があり、ビニールハウスのずっと向こうには林、さらに向こうには山が広がる。「あー、気持ちいいーっ。なにかしら、この開放感は」 同意をするよう黒猫も鳴き、少女の足元をついてゆく。 彼女がそう言う気持ちもよく分かる。空気は実にのんびりとしたもので、もう長いこと景色が変わっていないのだろうと思えるからだ。 前を歩く少女は大きく伸びをし、綺麗な青空のせいかそのような仕草だけでも健康的に見える。肌が白く透けて見えそうではある。しかし半妖精であるエルフには太陽がよく似合っていた。 それはきっと野山へ慣れた軽い歩調と、あの全身から発せられる躍動感のせいだろう。 などと見とれていると少女はぴたりと足を止め、僕がたどり着くのをじっと待つ。そして遅れてやってきた僕へ、文字通り眩しい笑みを向けてきた。「んふ、なんだかあなたも嬉しそう。やっぱり懐かしいかしら?」「いざ来てみるとやっぱりそう思うね。こんな景色のなか登校していたなんて、いま思うと凄いなと感じるよ」 一緒にくるりと振り向けば雪化粧をした大きな山が広がっている。まるでアルプスのような光景だ、というのは少々言いすぎか。「ま、何事も日常として見ていると慣れてしまうという事かな」「ええ、一歩引いてみれば分かることもあるわね。それで、おじいさまの家はどこなのかしら」 こっち、と森の方向を指差すとエルフと黒猫は目を丸くした。 アスファルトで舗装された道は終わり、ここから先はより自然と密接な道へと変わる。なだらかな坂道には新緑のまぶしい小道が伸びており、手をつなぐと2人並んで歩き出す。 さて、ぼこぼこしている道も森育ちのエルフにとってはわけもないらしい。というよりも、僕のほうが歩みは遅いかな。 いけないね、都会暮らしでなまってしまうなんて。 軽トラ一台がやっと走れるような道を歩いているうち、ようやく人の手に管理されているものが目に入る。木柵はぐるりとあたりを囲い、そのなかで新緑へと頭を突っ込んでいる動物がいた。