台所で食器を洗いながら、そっと振り返る。 椅子に腰かけたマリーは何をするでもなく、暮れてゆく空を眺めていた。見るからに元気が無いし、長耳も普段より垂れている。 さて、どう声をかけたものだろう。 袖から覗く包帯を見るだけで僕の胸は痛んでしまう。さほど深い傷では無かったけれど、あのとき彼女の手から流れた血を思い出すだけで、ぎゅうっと胸を締めつけられる。 買い物がてら、僕らはよく川沿いの小道を歩く。 それはいつもの散歩コースであり、僕の手には図書館の本を入れた手提げ袋、そして反対側を彼女から握られていたと思う。 さあっと川の匂い混じりの風を受けながら、薄紫色の瞳がこちらを見あげてくる。そして彼女は渋い顔をしながらこう言った。「アニメの一番を決めるのはとても難しいことなの。どれも方向性が異なるし……そうね、パンとご飯を比較するようなものかしら」「うーん、聞き方を間違えたかな。じゃあ一番じゃなくって、いますごく見たいものは?」 ぱちんと彼女の瞳は瞬きをして、それから無意識に僕の指を握ってくる。何かを考えているとき、指先で手の甲をいじってくる癖があることは、たぶん僕にしか気づけていないと思う。くすぐったいけれど指摘をするつもりはまったく無い。 眉間に可愛らしい皺を刻んだマリーは、意を決したように見上げてきた。「そうね……続きが気になるという意味なら、あの紫色のロボットね。これまで私はロボット物のアニメ全般がまったく分からなかったけれど、あれは別。生々しさと、ぞっとする演出を高く評価したいと思うわね。おまけに今のテレビ版を見終えても映画版が待っているなんて凄いわ」 う、うん、凛々しい顔ですごく早口になったね。 これがオタクというものなのか、こちらが「よく分からない」という表情をすると「いかに魅力的なのか」を一生懸命になって伝えようとしてくる。