目を覚ますとそこは林であり、やはり僕一人きりだった。 砂国の木々はどこか独特で、ヤシの木に良く似ているけれど幹は大木ほどある。ぼこぼこ周囲に生えており、鱗状でこげ茶色のものに囲まれながらザリーシュの足跡を追う。 日はだいぶ明るくなり、雨雲の少なさから日中は暑くなるだろうと予測できる。ほどなくして彼――ザリーシュの後ろ姿を捉えた。 さて、どうしたものか。 転移をし、攻撃をするだけで自動反撃により殺される。 星くずの剣の能力である遠距離技をしかけても、この距離ではまず当たるまい。「んーー、星くずの剣を溜めながら転移して近距離で打ち込めないかなぁ。いや、そうしたら転移が安定しないか」 空間転移の技である【道を越えて】には制約が多い。 特に重量などは厳しく、刀身から溜めによる力が働いていると転移先がどこになるのか自分でも分からない。「あ、攻撃をして、自動反撃される瞬間に転移で逃げてみようかな。さっき愚直にタイミングを覚えさせたから……なんて、試してみないと分からないな」 まあいい、実際にやってみよう。 転移と同時に攻撃、それと同時に転移で退避……なんて、イメージをすることも難しい。ざくざくと目の粗い砂を歩きながらイメージを固め、そして行動パターンを丸ごと愚直へ放り込む。 いつもであれば瞬間的にスロットへ格納するものだが、今回は組み合わせのせいで処理に時間がかかる。数秒のタイムラグを置いてどうにか愚直は受け取ってくれた。「さて、それではぶっつけ本番で行ってみようか。うまく動いて欲しい、なっと!」 ぶうんと周囲の光景は歪み、ずっと先にいたはずのザリーシュの驚愕した顔がアップで映り……そしてゴギン!という激しい金属音のあと、僕は曇り空のなかへ放り出されていた。「ええーーっ!?」 宙でばたばたと暴れ、それから硬い砂の上へと落ちる。 慌てて起き上がり周囲を確認すると、ザリーシュはずっと遠くからこちらを見ていた。距離と位置からして、攻撃したあとそのまま追い抜いたらしい。「あ、やっぱり自動反撃を一撃食らってたかぁ。でも浅いからだいぶ避けれているね」 ぱらりと脇の下の服は斬られており、そこから血はにじんでいる。 もう少しタイミングを早めないといけない。そのように頭のイメージを再構築し、かつこちらの攻撃は最短最適である真っ直ぐの突きへ修正しよう。 うーん、ここまで来るともう僕にとって未知の領域だ。剣を振って倒す、などという行為からかけ離れている気がしてならない。しかし、恐らくはこの方法以外に彼へ対抗するのは難しいだろう。「では2回目の挑戦……よいしょ!」 ぐんと距離はせばまり、ザキッ!という音を背後へ残して今度はうまく着地をする。ふむふむ、これくらいがちょうど良いのか。 見た感じ、やはりまるでダメージは通っていないようだ。ゲームで言うならダメージ「1」と表示された感じか。 と、なにやら向こうでザリーシュがわめいている。 いい加減にしろとか、虫め、とか言っているけれどあまり有用な情報は無さそうなので無視しよう。 それじゃあ、もう少し攻撃回数を上げようか。 たとえば時計回りにぐるりと回転しながらチクチクとダメージを与えてはどうだろう。反撃を受けない場所へ移動し、攻撃と移動、攻撃と移動、と繰り返すのだ。そうだ、転移直後に手動で加速を起動しても良い。「うん、そうしよう。とりあえず3回目、っと」 がぎぎぎ!と目まぐるしく景色の変わるなか、火花と斬撃の音は周囲へと溢れる。ここまで激しく転移をしたことは当然無く、元の位置へと戻ってきた僕は猛烈な眩暈を覚えた。 一方のザリーシュはというと、誰もいない場所へ「ブン!」と剣を振るっている。服の一部に切れ込みはあるものの、寸でのところで受け止められていたらしい。 うへぇ、気持ち悪い……。 頭がグラっとするし、心臓は不規則に揺れている。この辺りは慣れの問題かもしれないなぁ。最初に転移を覚えたときと同じような症状だし。 しかし問題はやはり火力不足だ。これでは丸一日かけても倒すことはできないだろうし、それより先にこちらの体力は底をつく。「やっぱり星くずの刃を活用したいなぁ」 星くずの刃には数段階の溜め、そして射出を行うことが出来る。 しかしその影響により【道を越えて】はどのような動作をするのか僕にも分からない。 最小限の溜めにしてみたらどうなるだろう。 できるだけ影響を少なくし、移動を数回するうちに溜め、そして放つというのは。 ためしに星くずの刃を手に持ち、最も短い溜めを行う。 ヒィィィと馬のいななきに似た音は響き、そして射出をすると小型花火くらいの大きさのものが砂地へ深々と突き刺さる。恐らく薄い鉄板くらいなら穴を開けるだろう。「んーー、出来るかな。同時処理をして、溜め終わると同時に放つとか。……愚直には……やっぱり入らないな。別に分ければ……お、入った」 移動と攻撃で1セット、そして星くずの刃の溜め攻撃でもう1セットだ。正直ここまで緻密に行動パターンを組んだことなんて無いから、本当にどうなるか分からないぞ。 不思議そうに見ていたザリーシュだが、こちらの気配を察したらしく見事な装飾をした剣を構える。完全防御障壁を使わないのは、恐らく攻撃と同時に行えないからだろう。 まあ、本当はアレが一番厄介なんだけど、彼のプライドが邪魔してくれて助かるよ。「じゃあ、やってみますか。4回目のアタック――開始」 ずる、と横滑りをする妙な感覚があり、ザリーシュへとたどり着くずっと手前へ転移をしてしまう。やはり星くずの刃による力場の影響だ。 構わず剣の狙いをつけたまま前へ飛ぶと、右へ左へ転移をし、少しずつ彼へと近づいてゆく。 がきゅっ! 放たれた星くずの刃による遠隔攻撃は、愚直が射出可能だと判断したのだろう。その輝きを秘めた軌跡は当たり前のように弾かれ、それでも気にせず彼へと肉薄をする。 がぎぎぎっ! 自動迎撃をかわすべくぐるりと一周をし、そしてまた最小限の溜めである星くずの刃は発動される。 わずか30センチほどの超至近距離で放たれ、さすがの彼も目を見開いた。なにしろ音速を超えようかという一撃だ。後頭部へと迫る星くずは神速で弾かれ、しかしおかげで少しだけ隙は生じてくれた。 脳を沸騰させるような高処理とともに、僕はただ転移と攻撃を繰り返す。剣は花弁のごとく周囲をぐるりと覆い、そして時おり放たれる星くずが良いアクセントになっている。 無酸素状態のまま2週、3週と繰り返してからようやく僕は離脱をした。 どずん、と砂へと膝を突き、滝のような汗が全身を流れてゆく。 あまりにも短時間で技能を繰り返したことで、肉体と精神は悲鳴を上げているのだ。 それよりも、焼け落ちそうな脳は不思議な信号を捉える。 ピーピーと響くそれは、最初は頭痛によるものだと思っていた。しかし手首につけられた腕輪は明滅しており、同時に何事かを告げてくる。【道を越えて】を【愚直】と融合しますか? どくん!と心臓は跳ねた。 来た、とも思う。新しい道を模索するとき、極低確率でこのように技能は化ける。かつて僕も味わったものではあるが、まさかこんな……ファーストスキル同士を融合させた経験は未だかつて無い。 もちろん悪い結果に通じることはあるし、後戻りのできない道だ。さらには貴重なファーストスキル枠を2つ浪費するとも考えられる。「いや……どちらにしろ、これでしか活路は見出せないか。もちろん融合を許可するよ」 そう答えると不思議な感覚があった。 自分のなかにある大事なものがごっそりと抜けてゆく感覚、そして体内でどろどろと混ざり合うような違和感。 はあ、と息をはく。 身体の中心から熱しきり、火を吹きそうな息だ。 揺れる視界のなか、なにかの予感を感じ取ったのかザリーシュはこちらへと疾走していた。どばりと砂柱を立て、構えた剣は矢のような速度で迫る。 しかし残念ながら僕は動けない。 本来、技能の融合など戦闘中にするものでは無いのだ。ぐんぐん迫り来る彼を見ながら、ただ待つことしか出来ない。 はあ、ともう一度息を吐く。 何かが変わる高揚感と、目の前にある壁が崩壊するような音まで聞こえる。 ――【五重定義の過負荷】 どんと身体の中へと吐き出されたその重さへ、疲れ果てた脳は驚いた。 体力の尽きかけたいま、できることはこの手にした技能を知ることだけのはずだ。 心臓に刃の突き刺さるその瞬間、カッと瞳を見開いた。