「……ねえ、突然どうしたの?」 俺のことを見ようともしないで、そう言ってくる佳世に、どう説明すればわかってもらえるだろうか。 あがいた末に発することができた言葉が、さらに次の言葉を導いてくれた。「佳世。おまえ、俺のことなんて見ていないだろ。俺のことを気にかけてないだろ。何か他に心奪われてて、それを取り繕うために必死なだけだろ」「え、ちょ、突然……なんで?」「俺に対して何か隠してるだろ。俺が知らないと思ってるだろ。だけど、後ろめたい気持ちがあるなんてことは、すぐにわかるんだよ」「え、ちょ、ちょっと待って。何言ってるの。違う、違うの、祐介は何か勘違いしてる」「何が勘違いだよ。俺は佳世の彼氏のはずなのに、俺は佳世が何か隠してるってすぐ気づいたのに、なんで佳世は俺の様子に全く気付かないんだ! こんなんじゃもう意味がないだろ、彼氏彼女の関係なんか!」「……」 その時、佳世はやっと俺のほうを見たのかもしれない。 俺がどんな表情でそう言ってるかを知り、凍りついたから。 見たくなかった。まだかろうじて彼女であるはずの佳世が見せる、絶望と後悔に包まれた表情など。「……もう、連絡はしないでくれ」 好きだったから。彼女だったから。だからおかしな様子もわかるのに。なんで佳世は俺の気持ちがわからない。 そんな怒りがあまりに不快で、冷静に話などできるわけもない。激情は脳の回転を鈍らせる。俺は拒絶の意志を吐き捨てた。「待って違う! 違うの! わたしの一番大事な人は祐介なの! わたしが一番好きなのは祐介なの! お願い、話を聞いて!」 無視。 俺はもうこの場にいたくなかった。佳世の顔を見たくなかった、佳世と話をしたくなかった。 こみあげる吐き気を抑えるので精いっぱいだったから。これ以上不快になったら、俺が壊れてしまうから。 ただただ、みじめだ。「ねぇ! 待って、お願いだから待ってよぉぉぉ……祐介、ゆうすけぇぇぇ……」 佳世の泣き声は、俺をさらにみじめにさせるだけだったように思う。 これ以上みじめにならないように、もう家に戻ろう。 ──佳世のことなんて、知ったことか。 ―・―・―・―・―・―・―『……さっきから佳世のメッセージがすさまじいんだが』 あのあと部屋に戻ると、佳世からの着信とメッセージの山が、俺のスマホ内で雪崩を起こしていた。 削除するのもうざったいので着信拒否とメッセージブロックをしたが、次の矛先がナポリたんに向いたであろうことは容易に想像できる。 案の定、しばらく経ってから、ナポリたんの着信があった。 正直なところ誰とも話したくない気分だが、協力してもらってる手前ナポリたんだけは無視できないので、仕方なくきょうの経緯を話した。「……迷惑かけてゴメン」『ほんとだよ。まさか佳世がこんなに取り乱すなんてな、ボクも予想外だった』「……そんなにか」『ああ。祐介と離れたくないだの、祐介に嫌われたら生きていけないだの、祐介に会って話したいだの、なんとかしてだの、なんじゃこりゃというため息しか出ない内容が繰り返し繰り返しだわ』「……なんじゃそりゃ」『ボクは店の手伝い中だったから着信は無視してたんだが、スマホがブレっぱなしで参ったよ』「……いったいなんなんだ、今さら……」 池谷を好きなら、俺に執着する意味が分からん。 あんなに熱い抱擁をしながらブチューとかしてたくせに。 おかげで俺の心は余計に打ちのめされるわ。情けねえ。『……うんまあ、佳世にとって祐介は空気みたいなもんだろうからな』「……どういう意味よ」『人間は空気がなければ死ぬ。だがな、空気が当たり前のようにそばにあることを感謝してるやつはどれだけいる? 窒息しそうになるまでありがたみなど感じないだろ』「……」『空気のありがたみを忘れていても、おいしそうなケーキが目の前にあれば、そちらを食べたいと思い、その衝動に突き動かされる。ケーキのことしか頭になかった佳世が、窒息しそうになって慌てたのかもな』「……ありがたくねえ」『そう言うな。呼吸が楽しいなんてやつはいないし、付き合いが長いとそんなもんだろ。あと、甘えた考えもあったかもしれん』 呼吸が楽しいというヒロインはいたぞ。某告らせたいお嬢様とか。 だが、最後に聞き捨てならない言葉がついてきたので、思わず聞き返す。