初戦 コロシアムの中には大した人数の観客はいなかった。 どうやら使い魔杯とは三日に分けて行うもののようだ。 予選トーナメントを行い幾度となく使い魔を戦わせ、勝敗を決める。 そうやって勝ち残った使い魔は二日目、そして最終日の使い魔杯決勝に出場する事が出来るそうだ。「皆さん! ご声援ありがとうございます!」 しんと静まっている会場。 立って観客席に手を振るポチの目には、どうやら幻影のような観客が見えているようだ。「母上ぇ-! 頑張ってください!」 どうやら応援してくれる者が一人いたようだ。 会場に入れるのは使い魔とその主だけ。 使い魔ではないチャッピーは観客席で待ってもらう事になったんだ。「ふっ、すみませんねチャッピー! 私には既に大勢のファンがいるのです! アナタだけの声援に応えてあげる事は出来ません!」 いないいない。 来賓席はやはり空席。 どの貴族も忙しいだろうからな。観客同様来るのは準決勝と決勝くらいか。「使い魔シロ! 前へ!」「はい!」 立ち歩きで緊張故か、足と手が同時に前に出ているポチ。 おいおい、あんなんで大丈夫か? さて、初戦の相手は――「使い魔ライオネル! 前へ!」「ふんっ」 やたら威張った様子の使い魔だな。 あれはランクBモンスターのリュウノオトシゴ。 強靱な尾の筋力で立ち、背に生えた羽で空を飛ぶ。長時間飛ぶことは出来ないが、普段は尾で跳ねながら歩行しているのが特徴だ。 しかし一番の脅威はあの細長い口だ。あれで獲物の血を瞬時に飲み込む事が出来る。 冒険者の間では割に合わないモンスターとして有名だが、よく使い魔に出来たな? さて、予選に関しては全てポチに任せると決めているがどうするんだろう。 この一週間程で出来たポチの成長も含め、楽しみではあるな。「始めっ!!」 名前はライオネル、か。 見たところレベル百三十前後という辺りだと思うが、これって――――、「そ、それまでっ!」 現在のポチのレベルは百九十近くなっている。 これだけの差があれば、ライオネルとの勝敗は明白だろう。 瞬時に前方に跳び込んだポチがライオネルを押し倒し、首元に牙を突きつけた。 ライオネルは体格が大きいが、ポチは巨大化すら使わずに圧倒した。 この明らかな戦力差を当のライオネルが気付いたのは、押し倒されたと気付いた時。 空を見上げる丸くなった目は、自分が獲物だとわかったからだろう。「勝者、使い魔シロ!」 ライオネルの首から口を離したポチは…………何でアイツ足引きずってるんだ?「はぁ……はぁ、はぁ! マ、マスタァ……何とか勝てまし…………、たっ……」 倒れたな。 コテンと。 目は閉じているが、目元はピクピクとしている。 ふむ? 眉間の形が多様に変化しているな? 待て、大体わかる。 あの表情はおそらく「おかしい?」だ。……むぅ、また少し変わったな。 あぁ、あれもわかる。あの表情は「むむむむ……?」だ。 あ、目が開いた。「マスター! ここは私を心配して助けにくるところでしょうっ! 私が倒れる前に! わかりますっ? ふぁさ! ですよ、ふぁさ! そんな感じで受け止めなきゃ駄目です! 見事な苦戦だったでしょうっ!?」「いや、快勝というか圧勝だったぞ」「んまーっ! 血も涙もありませんね!」 ぬぅ、どうやらポチの中ではここで感動の演出が必要だったらしい。 かといって血も涙もないとは心外だな。「母上ー! 流石の圧勝でしたね!」「ふふん! とーぜんです! でも、ありがとう! ありがとうですー!」 既に演出は脳内から消えてしまってるようだ。 何か泣いてるように見えるが、その後ろ手に隠しているのは嘘泣きグッズか何かかな、ポチ君? そうか別の演出に切り替えたのか。忙しいなポチ。「しかし今日だけで二試合やるんですね。それで明日も二試合ですか?」「今日勝たなきゃ明日は出られないよ」